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ボストリッジの白鳥の歌 [クラシックCD]

ボストリッジのシューベルト三大歌曲集の録音が、ついに最後の「白鳥の歌」にたどり着きました。半年ほど前の新譜になりますが、今聴くことができました。

白鳥の歌.jpgボストリッジのシューベルト三大歌曲集では、「美しき水車小屋の娘」がボストリッジには最適と思われる曲なので、打ち震えるようなボストリッジの感情移入が聴きものでした。内田光子のピアノ伴奏が、これまた何物かに取り憑かれたかのような名演で、思いがけずもうれしいおまけになりました。

これで続いての「冬の旅」には、さらなる期待が高まりました。ところが、これが何故か面白くないのです。ボストリッジだったら、さらに深い感情移入が聴けただろうと思っている間に、何も起こらずに全24曲が終わってしまいました。ボストリッジのシューベルトはどんな曲でも、他の歌手からは聴けない新しい発見を見せてくれるのですが、この「冬の旅」に限ってはそれが見あたりません。アンスネスのピアノも含めて、全曲が平板に終始しています。あるいは他のピアニストだったら、という気持ちも少し残りますが、何故ボストリッジの「冬の旅」がつまらないのか、時を置いて、もう一度じっくりと聴き直してみたいと思います。

というわけで、最後になった「白鳥の歌」も、実は怖さ半分で、今日まで聴くのを伸ばしていました。ところが、悪い予感は幸運にも打ち消され、第一曲の「愛の便り」からいつものボストリッジらしい優しさが心に滲みこんでくる歌い口なのを確認でき、うれしくなりました。以下の曲もそれぞれボストリッジらしい踏み込んだ深い解釈の聴ける演奏になっています。

「白鳥の歌」の中での聴きものは単独にも有名な「セレナーデ」です。このセレナーデをボストリッジはどう、歌うのか?  まさに期待に胸が高まる一瞬です。結果は、これは予想もできないような深いセレナーデになっていました。実はこのブログのタイトルを「ボストリッジのセレナーデ」にしようかと思っていたほどの予想を上回る良い出来です。

この甘く官能的な夜の歌を、ボストリッジは来ない恋人を思う絶望的な嘆きの歌にしてしまいました。パッパーノのピアノも最高。このピアノ伴奏はセレナーデのギターの伴奏を模してスタッカートで弾かれる場合もありますが(楽譜にスタッカートの指示があるのでしょうか?)、パッパーノのピアノはそれを意識しながらも、さらに深く、ピアノでもギターでもないという想像上の楽器の世界にまで高められたかのような音を聴かせています。こういうセレナーデもあったのかと、しばし言葉を失うほどの、予想だにしなかったよい意味でのショックに見舞われました。

指揮者でもあるパッパーノのピアノは、他の曲でも極めて表情が強く、まさによく言われる「指揮者のピアノ」が持つ良い側面が見事に現れた名伴奏です。ボストリッジの深い心理的な解釈は、歌曲の演奏も、今やここまで来たのかという思いを抱かせますが、その心理的な世界を作り上げる上でパッパーノのピアノも大きな働きをしています。前記のセレナーデの伴奏と歌唱の結びつきなど、パッパーノとボストリッジはどこまで打ち合わせているのでしょうか。

このCDのジャケットや内装には針のない時計がデザインされていますが、これもボストリッジの意図なのでしょうか。このCDには白鳥の歌の前に3曲が、そして終わりに1曲の計4曲のシューベルトの他の歌曲が収録されています。全体の始まりと終わりにはマイアーホーファーの詩による「秘密」と「別れ」が置かれ、「秘密」の後には白鳥の歌に先だって「馭者クロノスに」と「水鏡」が歌われています。

全曲の初めに置かれた「秘密」はシューベルトの親友のマイアーホーファーがシューベルト自身を歌った詩ですし、最後の「別れ」は人生への別れが暗示されています。この選曲は針のない時計のイメージと重なって、シューベルト晩年の現世からあの世への旅立ちを象徴させているのかもしれません。「馭者クロノスに」も人生という時がテーマになっている曲ですし、「水鏡」は白鳥の歌の中に歌われている漁師の娘と符号します。と言うわけで、CD一枚の全18曲が、白鳥の歌の14曲を挟んで巧妙に一つの世界を作り上げていることが伺えます。

予想が良い方向に裏切られたということもあり、これは久々に聴けた素敵な一枚になりました。





歌曲集『白鳥の歌』、他 ボストリッジ、パッパーノ icon

Schwanengesang, Etc: Bostridge(T)Pappano(P) icon

より廉価な輸入盤と高価な国内盤を挙げてありますが、白鳥の歌以外の歌詞対訳は少ないと思われますので、対訳付きの国内盤をお薦めします。岡本 稔氏の解説も優れたものです。




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