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カラヤンのカルメン [クラシックCD]

名指揮者にして巨匠と謳われたカラヤンの生誕100年を記念して、生前の録音の数々がCDで再発されています。その一枚、ビゼーの「カルメン」が再発されました。カラヤンのカルメンのスタジオ録音は二種ありますが、そのうちの1963年の古いアナログ録音の方です。この録音は日本ではハイライト盤が出ていますが、何と全曲盤は廃盤になったままでした。この度、指揮者の生誕100年記念の一環でやっと全曲盤も日の目を見ました。

カルメン1.jpg

ビゼー:歌劇「カルメン」(全曲)

  • アーティスト: ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 カラヤン(ヘルベルト・フォン),プライス(レオンタイン),コレルリ(フランコ),メリル(ロバート),フレーニ(ミレルラ),ウィーン国立歌劇場合唱団 ピッツ(ヴィルヘルム),ウィーン少年合唱団 フロシャウアー(ヘルムート)
  • 出版社/メーカー: BMG JAPAN
  • 発売日: 2008/04/09
  • メディア: CD


このカラヤンの古い方のカルメンは、一言で言って、まさに「コテコテに濃いカルメン」です。カルメンは今では、原典版のオペラ・コミーク版が普通になり、この録音のようなグランド・オペラ版は時代遅れになってしまった観があります。カラヤン自身が、その後オペラ・コミーク版による再録を行っており、そちらは見事にダイエットに成功したスリムな風通しの良いカルメンが聴かれます。こちらのグランド・オペラ版の方は、これでもかというくらういにコテコテに濃く仕上げた当時のカラヤン好みの演奏が特徴です。いわば、「総天然色、シネマスコープ」といったアナクロな世界が、ここには広がっています。

カルメンの全曲盤はカラスのカルメンに止めを刺すと思っている私にとっては、このカラヤンの旧盤はハイライト盤で十分であり、全曲盤は勘弁して欲しいと思っていたのが正直なところです。実際ハイライト盤はその濃い味わいを結構楽しんでいました。けれども、初めて聴いた全曲盤は、これが予想を見事に覆す強烈な説得力を持った演奏でした。

カルメンがドラマチックソプラノのプライス、ホセがドラマチックテノールのコレルリ、エスカミーリョがメリル、ミカエラがフレーニ(1963年の録音時におけるデビュー盤)という、一人もフランス人を含まない超重量級の歌手たちを敢えて起用して、ウィーンフィルのオーケストラの伴奏でスペクタキュラーなグランド・オペラ版カルメンを作り出そうというのが、当時のカラヤンの意図だったようです。いたずら小僧たちの少年合唱に、立派すぎてちっとも可愛らしくないウィーン少年合唱団を起用しているのもご愛敬といったところです。

当初は、そうしたカラヤンの行き方が鼻についたものですが、今改めて聴いてみると、このカラヤンの行き方は、ビゼーの音楽が本来持っている劇的な表現力を、実際の演奏として効果的に引き出す一つの手段であったことが理解できます。しかも、それをここまで徹底してやったところに頭が下がります。ビゼーの音楽に備えられている劇性は、こうしたやり方ではなくても表現できるはずであり、実際カラヤンの後の録音も、また別の方法を採っているわけです。ところが、敢えてこうしたやりかたにこだわった当時のカラヤンの凄さに、カラヤン嫌いの私としても今回は圧倒されてしまいました。今改めて聴いてみるとカラヤン・マジックの威力は、皮肉な意味ではなく、むしろ新鮮に聴こえます。

この録音は当時の米RCAと英デッカのバーター制のもと、ジョン・カルショウのプロデュースにる英デッカチームが録音を担当したようです。当時のデッカのオペラ録音は、効果音を最大限に取り入れ、歌手の定位も舞台上の動きに合わせて左右に盛大に動くといった、確か「ソニックステージ」とか呼んでいた録音を特徴としていました。このカルメンも、もちろんその録音方式が採用されています。視覚を伴うDVDの普及と共に、現在ではすっかり忘れられてしまった録音法ですが、ここではスペクタキュラーなカラヤン・マジックの演出を盛り上げる上で、その録音法が見事に奏功していることが、全曲盤を聴いて初めて納得できました。

この盤は、LP初出時はソリア・シリーズという豪華な装丁で出ていましたが、カラヤンの生誕100年記念盤として発売されたこのCDは、その装丁が踏襲されているというのが謳い文句になっていました。ところが、これは期待していたほど豪華なものではなく、普通のCDのオペラ全曲盤のカートンボックス仕様と大差ないものでした。外観はともかく、再発に当たり、SACDにトランスファーし直された音質は予想以上に非常に優秀で、オリジナルがアナログ録音であることの良さが見事に生かされています。全盛期のウィーンフィルの艶やかな美しさなど、最新のデジタル録音を凌ぐほどです。この音に免じて、装丁がイマイチなのは我慢することにしましょう。

カルメン1.jpgビゼー:歌劇「カルメン」
  • アーティスト: カラヤン(ヘルベルト・フォン),パリ・オペラ座合唱団,シェーネベルク少年合唱団,バルツァ(アグネス),カレーラス(ホセ),ダム(ホセ・ヴァン),リッチャレッリ(カーティア),バルボー(クリスティーヌ),ビゼー,ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
  • 出版社/メーカー: ユニバーサル ミュージック クラシック
  • 発売日: 2008/01/16
  • メディア: CD

そのカラヤンのスリムになってからのオペラ・コミーク版のカルメンです。当初は同じ指揮者が同じ曲でここまで違うアプローチを取ることに戸惑いを隠せませんでした。カラヤンはここではオペラ・コミーク版に合わせて、旧盤よりもシャープにキリリとまとめていて、劇性と音楽性とが緊密に一体化された音楽を聴かせてくれます。けれども、カラヤン本来の行き方はやはり旧盤の方ではないかという印象は拭えません。

この新盤の方は、バルツァのカルメンが聴きものです。旧盤のプライスによるカルメンのハスキーな地声まで活用した歌唱も、それなりに魅力的ですが、それもカラヤンの意図だったと思われます。この新盤のバルツァの少し裏声が混じるようなセクシーな粘り着くようなカルメンの歌唱もたいへんチャーミングですが、バルツァの歌唱にはプライスほどにカラヤンの意図が徹底しているとは思われないところが、逆に好感が持てます。

カルメン2.jpgビゼー:歌劇「カルメン」全曲
  • アーティスト: カラス(マリア),ゲッタ(ニコライ),ルネ・デュクロ合唱団,マルス(ジャック),マサール(ロベール),ソートロー(ナディーヌ),ギオー(アンドレア),ジャン・ペノー児童合唱団,ベルビエ(ジャーヌ),プレートル(ジョルジュ),パリ国立歌劇場管弦楽団
  • 出版社/メーカー: EMIミュージック・ジャパン
  • 発売日: 2007/05/09
  • メディア: CD

私にとってカルメンはやはりカラス盤に止めを刺します。主役になるカラスのカルメンとゲッダのホセはフランス人ではありませんが、他は全てフランス勢で固めたキャストたちに違和感なく溶け合っています。この盤は残念ながらオペラ・コミーク版ではなくグランド・オペラ版ですが、プレートル指揮のパリ・オペラ座のオーケストラ共々、グランド・オペラ版であることを忘れさせてくれるほどに全体がほどよく軽めにコントロールされ、まさに真性のフランス製カルメンに仕上がっています。ヒリヒリと刺激的なカラスの声ともども、南欧の乾いた日差しの中に展開された白昼の悲劇を、この演奏はドキュメンタリーフィルムを見るかのようにリアルに彷彿させてくれます。ニーチェが「地中海的な精神の発露」と絶賛したというこの曲の一面は、この演奏に最も顕著に見られるような気がします。
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