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サイの三つの側面-ファジル・サイは何処へ行くのか? [クラシックCD]

この13年10月にトルコ出身のピアニスト、ファジル・サイの来日公演があります。私がサイを初めて知ったのはCDショップで偶然眼にして購入したバッハの一枚でした。フランス組曲第6番、平均律第一巻第一曲、ブゾーニ編のシャコンヌなどが収められています。


シャコンヌ!〜サイ・プレイズ・バッハ

シャコンヌ!〜サイ・プレイズ・バッハ

  • アーティスト: ファジル・サイ,バッハ
  • 出版社/メーカー: ワーナーミュージック・ジャパン
  • 発売日: 2011/08/17
  • メディア: CD


これが眼から鱗の新鮮さ!! サイにはポスト・グールドとしての新しいキーボード奏者としての側面と、超絶テクニックを誇るヴィルトゥオーゾ・ピアニストとしての両側面があることがわかりました。前者の側面は平均律第一巻ハ長調に顕著です。一見サラサラと流れながらも、得も言われないニュアンスに溢れていて、グールド以後、誰がこれほどこの曲を新鮮に聴かせてくれたことでしょうか。後者の側面はブゾーニ編のシャコンヌにうかがえます。そのバリバリと弾き進めながら、整然と組み立てられた美音。その凄いこと!!

そして二枚目に聴いたのがモーツァルトでした。ソナタの第10、11、13番にキラキラ星変奏曲が収録されています。


トルコ行進曲〜サイ・プレイズ・モーツァルト

トルコ行進曲〜サイ・プレイズ・モーツァルト

  • アーティスト: ファジル・サイ,モーツァルト
  • 出版社/メーカー: ワーナーミュージック・ジャパン
  • 発売日: 2011/08/17
  • メディア: CD


このモーツァルトも、ポスト・グールドにふさわしい新しいキーボード奏者としての眼差しが新鮮な一枚でした。圧巻はイ長調ソナタのトルコマーチ。おおよそ20種以上ほど所有しているトルコマーチの中でも、サイのテンポは最も速いものに属し、その急速なテンポの中に呆れるような、あっと驚くサイならではの魔法のようなニュアンスが閉じ込められています。その後、敬愛する評論家宇野功芳氏が、このトルコマーチを絶賛されていたのを音楽誌で読み、まさに我が意を得る思いがしました。

これですっかりサイのファンになり、初来日以降サイの追っかけと化し、東京公演は欠かさず出かけるようになり、一回の来日に際し二晩のコンサートに通ったこともありました。初来日ではブゾーニ編のシャコンヌも披露されましたが、たまたま会場に居合わせた評論家の故・黒田恭一氏が呆れ顔で「凄いね!!」といっていたのが印象に残っています。

実際に見るサイは、バッハの童顔のジャケットの印象とは異なる立派な体躯の持ち主の偉丈夫だったのにも驚かされました。

その後もサイのCDの新譜は必ず購入していましたが、レーベルがワーナーからナイーブに移り、日本ではエイベックスから発売されるようになりました。ところが、ワーナー時代最後のチャイコフスキーのピアノ協奏曲ぐらいから、サイの演奏が個人的にはあまり面白く聴けなくなってきました。ピアニストというより、新しいキーボード奏者という側面は変わらないのですが、サイはますますヴィルトゥオーゾとしての側面を強めてきたようです。でも、ヴィルトゥオーゾとしての側面をこの曲に聴きたいのであれば、サイ以外にもっともっと面白く聴かせてくれるピアニストは他にいます。

そして、あんなに期待していたモーツァルトもナイーブから発売された協奏曲では、なぜかソナタの新鮮さが感じられません。やはり期待していたベートーヴェンのソナタも、グールドのベートーヴェン同様、キーボード曲としての新鮮さは感じられるものの、ベートーヴェンの表現の深部には触れられていないもどかしさが残ります。従来のピアノ曲としてではなく、新たに完璧なキーボード曲として見事に再構築されたムソルグスキーの「展覧会の絵」も、私にはポゴレリッチのピアノ曲に徹した演奏の方がはるかに面白く聴こえます。

サイの「展覧会の絵」については本ブログの下記の項目で取り上げています。

http://fantasia.blog.so-net.ne.jp/2008-11-22

http://fantasia.blog.so-net.ne.jp/2012-09-2

その後も来日コンサートには必ず行っていましたが、サイのヴィルトゥオーゾとしての側面は聴くたびに強くなっていきました。そんな中、ハイドンのソナタの一枚は久々にバッハ、モーツァルトのソナタ以来の新鮮なハイドンを聴かせてくれました。


ファジル・サイ、ハイドンを弾く!

ファジル・サイ、ハイドンを弾く!

  • アーティスト: サイ(ファジル),ハイドン
  • 出版社/メーカー: エイベックス・クラシックス
  • 発売日: 2007/06/20
  • メディア: CD


どうやら、ベートーヴェンより前の世代の古典派のピアノ曲におけるサイならではのピュアなキーボード奏者としてのユニークな斬新さは健在のようです。ピアノのお稽古用で有名な第35番ハ長調ソナタは来日公演でも取り上げられましたが、コロコロと弾むオルゴールように軽やかなタッチが魔法のようなチャームを撒き散らしています。

サイは今、ベートーヴェン以降のヘヴィーなヴィルトゥオーゾ曲に、現代曲も含めて関心が高いようです。この度の来日コンサートは残念ながら、日程の関係で行けませんが、そこでのプログラムはベート-ヴェンの32番のソナタやリスト編のワーグナー「イゾルデの愛の死」などを含むヘヴィーな内容です。

サイにはもうひとつ、ジャズや中近東音楽とのフュージョンや、自作を含む実験的キーボード奏者としての側面があります。ただそれらの中でも、ますますヴィルトゥーゾとしての側面を強めていくかに見える近年のサイですが、個人的にはバッハの組曲や平均律、ハイドンやモーツァルトのソナタに聴かれるようなピュアなキーボード音楽としての世界をもっと深めてもらいたいところです。スカルラッティはまだ録音はありませんが、サイならさぞかしチャーミングに弾いてくれそうです。



シャコンヌ!~サイ・プレイズ・バッハ ファジル・サイ(p)
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トルコ行進曲~サイ・プレイズ・モーツァルト ファジル・サイ(p) トルコ行進曲~サイ・プレイズ・モーツァルト ファジル・サイ(p)
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ピアノ・ソナタ集 ファジル・サイ(p)
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モーツァルトの「弦楽三重奏のためのディヴェルティメント」  [クラシックCD]

モーツァルトの「ディヴェルティメント 変ホ長調 K.563」は通称で「弦楽三重奏のためのディヴェルティメント」と呼ばれているように、緩徐楽章とメヌエットを二つずつ持つ六楽章構成のディヴェルティメントの形を取りながら、モーツァルトのディヴェルティメントでは唯一弦楽三重奏のために書かれています。第二ヴァイオリンを伴わないヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの三重奏はそれだけでも透明感を感じさせる編成ですが、そこに晩年のモーツァルトならではの天国的な情緒が加わった佳曲です。

耽美的かつ浸透的な第二楽章アダージョはモーツァルトの全室内楽曲中でも最美の一曲といっても過言ではありません。フィナーレの第六楽章のテーマは第27番のモーツァルト最後のピアノ協奏曲のフィナーレ同様、モーツァルトの童謡「春への憧れ」の谺が聴かれます。

ここではラルキブデッリによるピリオド演奏の一枚を選んでみました。この曲をモダン楽器で弾いて定評の高い演奏として、グリュミオーやクレーメルがヴァイオリンを担当しているCDが出ています。ピリオド楽器によるラルキブデッリはヴァイオリンがベス、ヴィオラがクスマウル、チェロがビルスマという構成です。

併録されているのはモーツァルトの3声の「プレリュードとフーガ」K.404aの全6曲中の頭の3曲です。全6曲はグリュミオートリオの演奏がありました。バッハ平均律クラヴィーア曲集第一、第二巻中の3声フーガ(第6番のみフリーデマン・バッハのフーガ)にモーツァルトがオリジナルのアダージョのプレリュードを付けたものです。因みに同様の4声で書かれた5曲の「プレリュードとフーガ」K.403も残されています(ラサール・クァルテッットによるCDあり)。ここに納めれている3声曲の第一番、第二番のプレリュードなど、モーツァルトの短調曲特有の魅力を伝えてくれる隠れた名曲です。


Blu-spec CD モーツァルト:ディヴェルティメント K.563他

Blu-spec CD モーツァルト:ディヴェルティメント K.563他

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: SMJ(SME)(M)
  • 発売日: 2008/12/24
  • メディア: CD

グリュミオートリオやパスキエトリオのモダン演奏でこの曲に親しんだ私にとっては、実はこの曲をピリオド演奏で聴くのことにに大きな抵抗感を抱いていました。ラルキブデッリは少し前のピリオド団体ですが、当時のピリオド演奏のモーツァルトの多くは、モダン楽器ならではの角の取れたモーツァルト演奏に聴かれる優美さを失っており、表現の幅も狭くなり、そのゴツゴツとささくれだったモーツァルトには違和感を覚えさせられていました。そこからは敢えてモーツァルをピリオドで演奏しなければならない理由が感じられませんでした。今ではピリオド演奏のモーツァルトもすっかり日常化してしまい、いつしか私自身の耳もピリオド奏法に馴染むようになり、ピリオド奏法でなければ聴くことのできないモーツァルト特有の表現にも気づけるようになりました。

ここでのラルキブデッッリの演奏を今の時代に聴き直してみると、ノンヴィヴラートが極端に強調されていない奏法が聴きやすく、ヴィヴラート過剰なモダン演奏よりすっきりと聴こえるぐらいです。テンポもピリオド奏法らしく、通常のモダン演奏のこの曲の演奏よりかなり速いのですが、それが一筆書きのように流れていく表現に聴こえ、テンポの速さは気になりません。また、そのすっきりしたピュアな表情はこの曲の天国的な気分にもふさわしいものです。

さて、この曲を長年パスキエトリオやグリュミオートリオもモダン演奏で親しんできた私にとっては、ピリオド演奏では初めて聴いたラルキブデッッリは耳から鱗の新鮮さでしたが、実は今は入手困難な極めて魅力的なモダン演奏のこの曲のCDが出ていました。

それは宇野功芳氏も絶賛していたデュメイのヴァイオリン、コセのヴィオラ、ホフマンのチェロによるEMI盤です(国内盤は東芝EMI TOCE-6908)。とにかく全体をリードするデュメイのヴァイオリンが絶妙です。匂い立つような遅いテンポで、晩年のモーツァルト特有の天国的な情緒が陶酔的に歌い抜かれています。ピリスのピアノによる夫唱婦随の演奏であるモーツァルトのヴァイオリンソナタも、この曲の最も美しい演奏の一つですが、ここでのデュメイのヴァイオリンはさらにそれを上回る美しさです。この演奏が何で廃盤になったままなのかわかりませんが、この曲を愛する方は是非とも中古盤を見つけられても一度聴いてみられることをお勧めします。興味のある方はネットで「モーツァルト ディヴェルティメント デュメイ」で検索されると、中古盤が出品されています。

ディヴェルティメント、アダージョとフーガ ラルキブデッリ(Blu-spec CD)
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アマデウス四重奏団のモーツァルト弦楽五重奏曲 [クラシックCD]

アマデウス四重奏団のモーツァルト弦楽五重奏曲全集の2枚組セットを聴きました。英国出身のアマデウス四重奏団は、ウィーンを本拠地に50年代から80年代にかけて活躍したクァルテットです。

モーツァルトは自身ではヴァイオリンよりヴィオラを弾くことを好んだと言われており、交響曲やピアノ協奏曲のオケパートではヴィオラが二部に分かれる書法も見られます。通常の弦楽四重奏に第二ヴィオラを加えた弦楽五重奏曲も、二部のヴィオラの内声部の充実や、ソロで参加することも多い第一ヴィオラのパートが弦楽四重奏曲にはない魅力を伝えてくれます。駄作はほとんど無いと言われるモーツァルトの室内楽曲ですが、全部で6曲残された弦楽五重奏曲はどれもがモーツァルト自身、特に強い思い入れを持って書かれたと思われる傑作揃いです。


モーツァルト:弦楽五重奏曲全集

モーツァルト:弦楽五重奏曲全集

  • アーティスト: アマデウス弦楽四重奏団,モーツァルト
  • 出版社/メーカー: ユニバーサル ミュージック クラシック
  • 発売日: 2010/02/24
  • メディア: CD


全6曲中ではト短調五重奏曲が特に有名です。アマデウス四重奏団がモノラル期のウェストミンスターに録音したモーツァルトのト短調の弦楽五重奏曲は、当時この曲の代表盤として知られていました。私もこの曲をこの団体の演奏で初めて知り、モーツァルトの短調曲特有の魅力とアマデウスの清新な表現に魅せられていた一人です。

ト短調五重奏曲はその後ステレオ時代に入るとブダペスト四重奏団の演奏や、さらにはデジタル時代にかけアルバンベルク四重奏団という強力なライバル盤が出現し、アマデウスによるステレオの再録もどこか影の薄い存在になってしまいました。

そして今回、アマデウス四重奏団がステレオに再録したト短調を含み全6曲残されたモーツァルトの弦楽五重奏曲全集を久しぶりに聴き直してみました。

まずト短調の再録から。今、改めて聴き直してみると、この四重奏団特有のキャラクターをリードする第一ヴァイオリンのブレイニンのポルタメントまで含んだ濃厚な表情を強く印象づけられます。この70年のステレオ再録は51年のウェストミンスターのモノラル録音の20年近く後になるのですが、試しにウェストミンスター盤を聴き直してみると、この間ブレイニンの個性が先導するアマデウスの行き方はほとんど変わっていませんでした。ただ、濃厚とはいえブレイニン節はある種の強靱な爽やかさを伴うものであり、ウェストミンスター時代にはそこにさらにフレッシュな魅力が加わっていたことがわかります。濃厚なブレイニン節はステレオ期へと進み、さらに濃厚さの度合いを深めていったようです。

では今聴き直してみると、アマデウスの演奏はもはや時代遅れの古臭いものでしかないのでしょうか。いえ、そんなことはありません。それはそれで現在のすっきりとした演奏にはには求められない、ある意味新鮮さにすら聴こえます。結果的にはこの時代性を反映した演奏が、現在の演奏からは聴かれない味わい深い個性的なモーツァルトを聴かせてくれています。ト短調以外の全ての五重奏曲にその個性は認められます。

アマデウスと同じくウィーンでモノラル時代に活躍しウェストミンスターに多くの録音を残しているアマデウスの一世代前のウィーンコンツェルトハウス四重奏団の表現は、アマデウスよりさらに濃厚なポルタメントの表情付けが特徴でしたが、それも今聴き直してみると、今の演奏には求められない新鮮さとして聴こえます。もちろん、ポルタメントを伴う表情が新鮮という意味ではなく、無意味なポルタメントは単に古臭さしか感じられません。ウィーンコンツェルトハウスやアマデウスのポルタメントは曲想の味わい深さを強める働きにつながっているということです。

演奏も時代の進化と共に変わって行く中、昔の演奏を今聴くとその味わいが逆に新鮮に聴こえることが確認できました。今の時代に昔の演奏を聴けることに感謝!!

正直なところモーツァルトの室内楽曲は現在の私の耳にはアルバンベルク四重奏団の演奏の方がしっくり馴染むのですが、それだけにアルバンベルクにはないアマデウス四重奏団の歌い口の味の濃さが時折無性に懐かしくなります。今回は久しぶりにアマデウス四重奏団を聴いてみて、懐かしさだけではなくアマデウスならではの個性に改めて魅せられました。

そこでアマデウスの個性を確認すべく、最晩年の90年の録音を聴いてみました。

アマデウス四重奏団は先にヴィオラのシドロフが亡くなったため、その追悼演奏会の90年のライヴ録音が残されています。このライヴには何とあのアルバンベルク四重奏団のメンバーが加わっていています。収録曲は、第二楽章が映画「恋人たち」で使われ有名になったブラームスの弦楽六重奏曲第一番変ロ長調とアンコールの同第二番のスケルツォが一枚のCDに収められています。アルバンベルクのメンバーは第一ヴィオラと第二チェロ、第二ヴィオラは同団体のセカンドヴァイオリンが担当しています。第一、第二ヴァイオリン、第一チェロはアマデウスなので、ここでも濃厚なブレイニン節が先導するアマデウスの行き方は変わっていませんでした。


ブラームス:弦楽六重奏曲第2番 他

ブラームス:弦楽六重奏曲第2番 他

  • アーティスト: アルバン・ベルク四重奏団,ブラームス
  • 出版社/メーカー: ユニバーサルミュージック
  • 発売日: 2013/05/29
  • メディア: CD


今ではアルバンベルク四重奏団も活動を終了してしまいました。時代の流れが改めて痛感されます。



弦楽五重奏曲全集 アマデウス四重奏団、アロノヴィッツ(2CD)
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弦楽六重奏曲第2番、第1番~第2楽章 アマデウス・アンサンブル、アルバン・ベルク四重奏団員
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ミョンフンの「春の祭典」 [クラシックCD]

ストラヴィンスキーの「春の祭典100周年記念盤」(本ブログに掲載済)で種々のこの曲の演奏を聴いた後、国内盤は2011年にSHM-CDで発売された07年録音の少し古いCDですが、ミョンフン~フランス国立放送フィルのハルサイを久しぶりに取り出して聴いてみました。


ストラヴィンスキー:バレエ「春の祭典」/ムソルグスキー:組曲「展覧会の絵」

ストラヴィンスキー:バレエ「春の祭典」/ムソルグスキー:組曲「展覧会の絵」

  • アーティスト: チョン・ミョンフン,ストラヴィンスキー,ムソルグスキー,フランス放送フィルハーモニー管弦楽団
  • 出版社/メーカー: ユニバーサル ミュージック クラシック
  • 発売日: 2011/12/21
  • メディア: CD


ミョンフンはミュンフンの名前で親しんできたのですが、ネットで検索するといつの間にかミョンフンの表記が多くなっていたのでそれに従いました。ミョンフンはCDではパリ・バスティーユ管とのベルリオーズ「幻想交響曲」の新鮮な演奏を聴いて以来、すっかりファンになっていましたので、この1枚にも大きな期待を寄せていました。フィルアップはラヴェル編の「展覧会の絵」というヘビーな組み合わせの1枚です。

さて、期待のハルサイですが、これが極めてスタンダードにこの曲を完全に古典として捉えたケレンの無い演奏でした。ここで採用している版も、現在のスタンダードとなっているブージーアンドホークスによる47年版のようです。その分、ミョンフンに期待したこの曲への新たな解釈は聴けませんでした。でも、このきれいなバランス感覚の良い演奏こそミョンフンの持ち味の一つなのかもしれません。併録の「展覧会の絵」も極めてオーソドックスな解釈に終始し、ミョンフンから聴ける新たな発見は聴かれませんでしたが、これはこれできれいな演奏であることに間違いはありません。

オーソドックスなコンサートホールプレゼンスで捉えられたDGの録音も優秀録音と言えるでしょうが、私にはこれらの曲では再生音楽としては、もっと打楽器パートを強調して欲しいところです。その分、ミョンフンの演奏もおとなし目に聴こえるのかもしれません。

私にはこれら2曲では、ほぼ同時期に録音されたゲルギエフ盤が遙かに新鮮でスリリングに聴こえるのですが、それに比べるとミョンフンに期待した新たな発見は聴かれない1枚でした。けれどもフランス国立放送管の美音も相俟って、この1枚も捨て難い魅力のある1枚になりました。これら2曲の入門用としてはふさわしい、これ以上ないようなスタンダードなバランス感覚の良い演奏であることは付け加えておきましょう。


Le Sacre Du Printemps: Chung Myung-whun / French Radio Po +mussorgsky: Pictures At An Exhibition
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タグ:ミョンフン

ストラヴィンスキー 春の祭典のエンディング [クラシックCD]

先のブログでストラヴィンスキー『春の祭典』100周年記念のCBSとRCAレーベルによるソニーのボックスセットをご紹介しました。


100th Anniversary of Le Sacre Du Printemps

100th Anniversary of Le Sacre Du Printemps

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Masterworks
  • 発売日: 2013/04/02
  • メディア: CD


その中でも触れていましたが、この曲全曲のエンディング、フィナーレ「生贄の踊り」のラストにティンパニと大太鼓以外の打楽器パートが追加されている版があります。この曲は何度も作曲者自身が改訂を重ねた結果、後年の全ての版では追加打楽器パートは削除されているので、現在のほとんどの演奏は追加打楽器のないヴァージョンを採用しています。追加打楽器のあるヴァージョンを採用しているのは、このセットの中では全10種中、ステレオ録音ではバーンスタイン~ロンドン響、デジタル録音ではティルソン・トーマス~サンフランシスコ響盤のみです。

セット中の歴史的録音では1940年録音の作曲者自演盤、51年録音のモントゥー~ボストン響盤が追加打楽器入りヴァージョンを採用しています。なお、60年録音の作曲者の自演盤(本セットに収録)、56年録音のモントゥー~パリ音楽院管のステレオによる再録音(現在はデッカレーベル)では追加打楽器が削除された版を採用しています。

ラストに追加打楽器が入る版は非常に効果的なので、個人的な好みでは入らない後年の版よりもこちらが気に入っています。当初はこれは指揮者の判断による追加なのかと思っていたほどです。

この曲では古代シンバルとトライアングル、打ち合わせシンバルやギロのように全曲中1回しか登場しない打楽器パートがあります。また、第二部の「選ばれた乙女への賛美」に初めて登場し、フィナーレの「生贄の踊り」にも使われているタムタムをトライアングルの撥で打つスリ打ちはストラヴィンスキーならではのオリジナルかと思われますが、それが非常に効果的です。エンディングの追加の一打もこのタムタムのスリ打ちかと思っていました。ところがスコアの指定はここはシンバルのスリ打ちらしく、それもラストとその直前の2回打たれる版があるそうです。このセット中では、バーンスタイン、ティルソン・トーマス盤はエンディンの1回のみですが、作曲者自演盤とモントゥー盤は2回聴こえます。おまけに前後2回のシンバルのスリ打ちの間にギロの一打が入る版もあるそうです。

この曲のそれぞれの改訂版による細部のオーケストレーションの違いについては下記のホームページが参考になります。

http://www.k4.dion.ne.jp/~jetter/cd/rite_edition.htm

本セット中ではありませんが、アンセルメ~スイスロマンド管による57年のステレオ録音盤でもフィナーレの追加打楽器は2回聴こえますが、そこでの1回目ははっきりシンバルのスリ打ちと覚しき音が聴こえます。

ハルサイを長年聴き続けてきた者としても、エンディングの追加打楽器はシンバルのスリ打ちらしいというのは初めて知りました。私の手元にあるスコアは追加打楽器が削除されている47年版を基にした67年のブージーアンドホークス版なので、それ以前の改訂版のスコアは入手し難く、実際の確認はできません。ウ~ン、それにしてもハルサイは何度聴いても奥が深い!!


『春の祭典』初演100年記念ボックス(10CD)
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ストラヴィンスキー「春の祭典」100周年記念のCBS、RCA録音集成 [クラシックCD]

ストラヴィンスキー「春の祭典」初演100周年記念のボックスセットがメジャーレーベル2社から発売されました。一つがDG、フィリップス、デッカレーベルを含むユニバーサルのセット、もう一つはCBSとRCAレーベルの録音を集めたソニーのセットです。私は後者のソニーセットを購入してみました。


100th Anniversary of Le Sacre Du Printemps

100th Anniversary of Le Sacre Du Printemps

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Masterworks
  • 発売日: 2013/04/02
  • メディア: CD


こちらのセットの内容は、SP録音からストコフスキーと作曲者自演、モノラル録音からモントゥーとオーマンディ、ステレオ時代に入ってからが作曲者自演、オザワ、ブーレーズ、バーンスタイン、サロネン、ティルソン・トーマスという全10枚の構成です。このボックスセットは一枚ずつオリジナルの紙ジャケットに収納されているのがうれしいところです。

このセットは基本的にオリジナルLPに従って春の祭典のみが1枚ずつに収録されていますが、オリジナル通りオザワ盤には「花火」が、サロネン盤には「3楽章の交響曲」がフィルアップされています。ところが何故かモノのオーマンディ盤はフィルアップされているはずのペトルーシュカはカットされているのに、ジャケットはオリジナル通りのペトルーシュカになっていたりという奇妙な事態が生じています。このように編集方針に乱れは見られるものの、全10枚が4,000円弱という昔の輸入盤LP1枚ほどのバジェットプライスで購入できるのは、時代の流れによるうれしい恩恵といえます。

ガイ・ビロー.jpgブーレーズ~クリーブランド管盤のジャケットは当時のCBSのジャケットを多く手がけたガイ・ビローによるイラストで、LP時代から評判の高かったイラストです。これは既発売のCDでも採用されていました。実は私はこのセットに収録されている演奏のうち、この盤も含めてすでに半数以上のCDは購入済みですが、この盤が紙ジャケ仕様と最新のリマスターで楽しめるようになったのは、このセットならではの恩恵です。

ブーレーズ~クリーブランドの演奏も、何の新発見もない後年の同じコンビによるDGへの再録音より、こちらの旧録音の方が遙かに新鮮に聴こえます。コンサートホールプレゼンスに徹したDGのデジタル録音より、録音もこちらの後期アナログ録音の方が遙かに立体的で色彩感が鮮明に再現されます。ブーレーズはストラヴィンスキーの3大バレエを全てDGに再録音していますが、そこにおける完成度の高さは認めるものの、録音も含めて聴いていてワクワクするようなスリリングな面白さの魅力では、ハルサイ以外の「火の鳥」と「ペトルーシュカ」も含めて断然CBSの旧録音の方が上回るのではないかと思えるのですが。

hess.jpg実はこのセットを購入した最大の理由は、CDになってからは所有していなかったリチャード・ヘスのイラストのジャケットによるバーンスタイン~ロンドン響盤が入っていたことです。このイラストはLP時代に所有していたジャケットで強く印象に残っているものですが、現在そのLPは手元になく、さらにはこの演奏のCDは別のジャケットが使われています。思いがけずも、ヘスのイラストによるジャケットのCDが手に入っただけでも、このセットを購入した価値は十分にあろうというものです。

バーンスタインはこの前のステレオ初期時代にニューヨークフィルとこの曲を録音していますが、そちらも今回別に単独で再リリースされたようです。そちらも若き日のバーンスタインならではの知性が光る名演でしたが、こちらの再録音もヨーロッパに渡る前のバーンスタイン最後の最良の渾身の演奏が聴けます。バーンスタインはヨーロッパ時代に、この後さらにイスラエルフィルとこの曲をDGに再録音していますが、残念ながら、そこではすっかり勢いが失われてしまっています。どうも、私はDGの録音と個人的に相性がよくないようです。

この中で最も新しいのはティルソン・トーマス~ロスフィル盤です。ティルソン・トーマスは若き日にボストン響とこの曲をDGに録音していましたが、それも他の指揮者にはないクールなアプローチが新鮮な演奏で、DG録音では珍しく拾い物になった1枚でした。そこで後年のこちらの再録に十分期待したのですか、何故かレギュラー盤の音質が再生レベルが低く、トーマスの良さが十全に伝わらないもどかしさが残る結果に終わっていました。今回の再発でもレベルは相変わらず低いものの、少し改善されたお陰で、トーマスならではの独自性はレギュラー盤よりは明確に伝わるようになりました。このセットはデジタル録音を含めて全てリマスターが行われたようで、前記のブーレーズ盤をはじめ、その改善効果は高いのですが、トーマス盤もその恩恵で音質が少しだけ向上したのかもしれません。トーマスとサロネンは、そのアプローチは異なるものの、共にこの曲を新たな視点から眺めている眼差しが新鮮です。

今回のセットでもう一つ興味深かったのは、ステレオ以前の往年の録音です。51年のモントゥー~ボストン響のモノラル盤は、この後の56年の英デッカへのパリ音楽院管とのステレオ初期の再録音よりもダイナミックレンジが狭い分平均音量はより大きく聴こえるので、パリ音楽院盤よりもモントゥーの勢いは強いように感じられます。

このモントゥー~ボストン盤と作曲者自演のSP盤では意外にも、ラストにタムタム(orシンバル?)のスリ打ちが入る版が採用されています。ラストの打楽器の追加は3小節前とラストの2回入る版とラスト1回だけの版があるようです。ラストの打楽器の追加がある版は本セット中のステレオになってからのバーンスタイン、トーマスも採用していますが、現在のほとんどの録音ではラストの打楽器の追加は削除した版で演奏されています。

モントゥーのステレオ再録盤や本セット中の作曲者自演盤の後年のステレオ録音でも、ラストの打楽器が削除された版を採用しています。ステレオ録音の作曲者自演盤では、その前のフィナーレのクライッマクスでティンパニ、大太鼓と共に連打されるタムタムも聴こえません。この時代の録音でこのパートが聴こえないはずはないので、作曲者はこの録音の1960年という時点で、この部分のタムタムのパートも削除したのかもしれません。

SPのストコフスキー~フィラデルフィア盤は29年という録音時ではこの曲のオーケストラは残念ながら大雑把な外観しか捉えられていませんが、ストコフスキー節は当時のこんな現代曲でも健在だったことがわかります。同コンビによるこの曲の演奏はディズニーアニメの『ファンタジア』にも使われていたので、私にはそのサントラとしても懐かしく聴くことができました。

モノラルのオーマンディ~フィラデルフィア盤は随分とテンポも速く、55年という録音時にしては意外に現代的な若々しい演奏です。このコンビが当時最強の機能性を誇っていたであろうことが伝わってきます。

今回のセットの中でオザワ~シカゴ響盤は私にとって初めて聴く演奏になりましたが、一見薄味に聴こえるその演奏も、よく聴けばオザワだけのピュアな音楽がそこには脈打っているのがわかります。

ハルサイファンの方々は私同様、このセットの中の収録演奏のいくつかははすでに所有されているものも多いと思われますが、たとえ重複する演奏が含まれていたとしても、このセットの集成は貴重なものだと思います。

私は過日、ハルサイの生をハーディング~新日本フィルの演奏で聴きました。そこでは、近年の日本のオケの技術の進歩に目を見張らされ、ハーディングのバランス感覚のよいディレクションにも感心させられました。でもでも、ハルサイはやっぱり再生音で聴く方が生より圧倒的に面白いのは何故でしょうか。

『春の祭典』初演100年記念ボックス(10CD)
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クリュイタンスの「交響曲へのお誘い」 [クラシックCD]

クリュイタンスの「交響曲へのお誘い」は以前このブログでも取り上げましたが、廃盤になっていたこの音源が、この度タワーレコードのオリジナル企画から復刻リリースされました。

「交響曲へのお誘い」は有名交響曲の中から一つの楽章だけを抜き出して集めたオムニバス盤で、贅沢なことに、クリュイタンスがウィーンフィルを指揮した演奏で収められています。収録されているのはベートーヴェンが運命の第1楽章と第8の第2楽章、モーツァルトが40番とアイネクライネナハトムジークの共に第1楽章、チャイコフスキーが4番と悲愴の共に第3楽章、それにメンデルゾーン「イタリア」の第4楽章、ドヴォルザーク「新世界より」の第2楽章となっています。この選曲はクリュイタンスによるものなのか、EMIが行ったのか不明です。1958年というステレオ初期のEMI録音で、なぜ当時EMIがこのようなオムニバス盤を制作したのか、その意図は不明ですが、初期のステレオ録音のデモンストレーション盤のつもりだったのでしょうか。

この録音は宇野功芳氏が絶賛しておられたもので、クリュイタンスを決して高く評価していなかった氏がこの録音を聴くに及んで、そのエレガントで音楽的な演奏によって、すっかりクリュイタンスへの評価が変わったという、いわくつきの名盤です。


クリュイタンス-2.jpg私が所有していたのはフランスEMI盤で、CD化されていないEMIのレアな録音をリリースする「レ・ラリシム」と題するシリーズの一枚でした。

この仏EMI盤は現在は廃盤ですが、ここに来てCD化されていない貴重な音源を次々にCD化してくれている日本のタワーレコードのオリジナル企画のエクセレントシリーズから、思いがけなくもこの録音が復活しました。フランス盤は他のクリュイタンスの録音も含む2枚組でしたが、タワレコ盤は「交響曲へのお誘い」にリストのレ・プレリュード(こちらはベルリンフィルとの演奏)をフィルアップして1枚に収めています。フランス盤のリマスターも十分良好な出来でしたが、英国EMIでデジタルリマスターされたという本盤も聴いてみたく、早速購入してみました。

クリュイタンス.jpg「交響曲へのお誘い」/リスト「前奏曲」  クリュイタンス~ウィーンフィル、ベルリンフィル(前奏曲)  タワーレコードQIAG50092










ステレオ録音に遅れをとったEMIの録音は、正直58年当時の他社録音に比べても乾いた音質で、ウィーンフィルの美音が十全に捉えられている水準にあるとは言えません。その範囲内で仏EMI盤のリマスターは聴きやすい音にまとめられていましたが、今回のリマスターはさらに瑞々しい音にブラッシュアップされ、少しだけウィーンフィルらしさも増したかのように聴こえます。ホールトーンもより明瞭に聴こえるようになりました。

私にとってのクリュイタンスは、同世代のカラヤンを思い出させます。この録音当時のカラヤンは速めのテンポを取ることが多く、ポストトスカニーニに喩えられていましたが、クリュイタンスは中庸かおっとりとしたテンポが多いので、ポストフルトヴェングラーといった趣がありました。その外観は異なるものの、スタイリッシュで純音楽的な音楽作りをするということではクリュイタンスとカラヤンは共通項がありました。

有名交響曲から1楽章分だけを抜き出して集めたこのオムニバス盤だからこそ、そうしたクリュイタンスの音楽作りがよくわかります。

今あらためてクリュイタンスを聴いてみると、現代の指揮者の演奏に比べて、戦後のノイエザッハリッヒカイトが定着した当時の演奏は随分と客観的で、スコアの改変を含む指揮者側の自己主張は、一聴では物足りないほどに抑えられていたことがわかります。けれどもよく聴けば、その中にもクリュイタンスならではの極く微妙な味付けが効いていて、ウィーンフィルから純良なエレガンスの香りが導きだされています。

今の指揮者は再び戦前に戻ったかのように、濃厚な自己表現を聴かせるようになってきました。今の時代では聴けなくなったこういうすっきりとしてスタイリッシュな演奏を聴くと、逆にそこに時代を感じさせられると同時に、現代の演奏からは聴かれないピュアな佇まいの凜とした美しさを感じ取ることができました。

私にとってのクリュイタンスはどこか冷たい印象が優先する指揮者で、決して大好きな指揮者ではなかったのですが、こうしてあらためて聴いてみると、そこにこそクリュイタンスならではの美しさが存在するのがわかるようになってきました。今の時代には失われてしまったこの時代ならではの謙譲の美徳を懐かしむと同時に、それを楽しめた一枚になりました。時代が変わると、昔の演奏がまた別の新鮮さで聴けるようになるものです。

このクリュイタンスの演奏を聴いていて、ふと、クリュイタンスは先般亡くなった後輩世代の大指揮者サヴァリッシュに似たタイプの指揮者ではなかったかと思われました。


http://tower.jp/item/3218731/交響曲へのお誘い-(ベートーヴェン:-「運命」第1楽章,-他,-全9曲;-リスト:-前奏曲)<タワーレコード限定>

カラス カルメンのSACD [クラシックCD]

エソテリックのSACDから「カラヤン&カラス グレート4オペラズ」と題してEMIのオペラ全曲4巻を収録したボックスセットが発売されました。エソテリックのSACDは、かねてからその音質には感心させられていました。今回の4つのオペラはカラヤン指揮の「アイーダ」と「サロメ」、カラスが「カルメン」とステレオ録音の方の「トスカ」というラインナップです。これらの中で私のお目当てはカラスのカルメンです。もちろん他の曲もエソテリックならではのSACDで聴いてみたいものばかりですが、特にカラスのカルメンはSACD化を待ち望んでいたものです。そのうち本国のEMIから廉価な輸入盤のSACDが発売されるかもしれませんが、何故か英EMIでは今のところカラスのSACD化だけは温存したまま解禁していないので、待ちきれずにカラスのカルメン以外も含む9枚組27,000円というこのセットを購入しました。

このセットは昨年の12月15日に限定1,500セットで発売されましたが、ネットでその存在を知ったのは今年になってからのことでした。発売後まだ一月足らずだったので、購入を決めてから都内のショップを数店あたってみました。ところがすでに各店とも品切れで、限定盤なのでメーカーからの再入荷もないとのこと。後はユーズドで出てくる高いプレミアム価格のものを待つしかないかと諦めかけていたところ、福岡のアートクルーというオーディオショップで扱っている分にまだ在庫があり、ラッキーにも購入することができました。

http://www.artcrew.co.jp/

カラス カルメン.jpgビゼー 「カルメン」

カラス(カルメン)、ゲッダ(ホセ)、マサール(エスカミーリョ)、ギオー(ミカエラ)他 プレートル~パリ国立歌劇場管 エソテリック ESSE-90072/80(SACDハイブリッド)









さて高鳴る期待の元、早速本命のカラスのカルメンから聴いてみました。例によってハイブリッドのCD層からDSDリマスタリングの音質を確認。ウ~ン、コレは何だ!!  エソテリック製のSACDはすでに何枚か聴いてきたので予想はしていたとはいえ、アナログの良さ、ここに極まれりといった暖色系の有機的な音質がここまで蘇ったとは。

この録音は64年のステレオ中期にあたりますが、当時のEMIは奇妙なハイ上がりのバランスの録音がたまに見られたものですが、当録音はこれがEMI!? と思えるような好録音で、特にアナログLPは素晴らしく弾力性のあるダイナミックな音がしていました。ところが例によってCD化されると、音質が全体に痩せてしまって(それが本来のマスターテープのバランスなのでしょうが)、新たなリマスタリングが出る度に買い直していましたが、どれもLPのあのダイナミックなふくらみが感じられませんでした。そこでますますSACD化が望まれていました。ところがこのエソテリック製リマスタリングは、CDでもはじめて納得できる音質に蘇りました。やはり、当録音は当時としても優秀録音だったんですね。

さて、次にSACD層へ。おや~っ、こちらの方がレンジは広いので、むしろ一瞬アナログから再びデジタルへ戻ったかなという印象。でも、よく聴けばもちろんその奥行き感や生々しさは凄い!! もちろん昔聴いたアナログLPは別のふくよかな良さがありましたが、このSACDはアナログLPからは聴けない別の臨場感の良さを実感させてくれます。これでやっとアナログLPを懐かしむことなく済みそうです。アナログ録音からのSACD化は、デジタル録音のCDやSACDからは聴けないアナログならではの有機的な生々しさを聴かせてくれます。最新デジタル録音のラトル盤カルメンのSACDと比較してみても、エソテリックのリマスタリングで聴く限り、この約50年も昔の録音の方が音質的には上回るi一面もあるのではないかとすら思われます。

もちろんアナログ録音からのSACD化が全てLPを上回るということではなく、SACDになってもなおかつ失われてしまったLPの音が懐かしくなるケースもあります。今回のカラスのカルメンはその意味では予想を上回る好結果でした。実はこの後発売されるであろう英EMIによる当録音のSACD化と比べると、エソテリックのリマスタリングの出来はどうなのかというのが気になっていたのですが、結果ははこれで十分というもので、その一抹の危惧を吹き飛ばしてくれました。

SACDの音質について書いてきましたが、久しぶりに聴いたカラスのカルメンはやはり凄い。どす黒くしわがれた声の中に秘められた甘美な官能性、それはメゾでもなければアルトでもなく、ましてやソプラノではありません。それは数ある歴代のこの曲の歌唱の中でカラスだけに可能だったカルメン声です。ただしそのカルメン声によって再創造されたカラスのカルメンはメリメの原作のカルメンを、またビゼーの理想像であるカルメンをも飛び越えてしまったカルメンではあるかもしれませんが。

この盤ではカラス以外の周辺のキャストはスター歌手が一切起用されていませんが、生粋のフランス勢で固められたことで、理想的、かつ奇跡的なまとまりの良さを見せています。エスカミーリョのマサールは軽いバリトン、飾り気のない素のフランスの田舎娘にふさわしいギオーのミカエラ、この二人はパリオペラ座のメンバーでしょうか。ホセ役のゲッダのみはフランス人ではありませんが、フランス物を得意にしていたテナーで、澄んだリリックテナーの声質ながら、ビョルリンクのような北欧出身の歌手に共通する強靱な声を併せ持っているので、ヒロイックな一途さが真摯に歌い出されています。そしてプレートル~パリオペラ座管弦楽団の明るく弾むような華やぎ。それらのどれもが、生粋のフランスならではのラテン系特有の明るさを放射しています。そのため今では珍しいグランドオペラ版ながら、本来のオペラコミークらしい軽さとリアリティに不足はありません。

現在は標準版になった台詞版ですらカットされることのあるハバネラの後のカルメンとホセとのわずか数行の短いやりとりが、ここではカラスとゲッダの語りで挿入されているのも極めて効果的です。全曲ここだけ台詞を挿入したプロデューサー(レッゲから代わったグロッツ)の見識の高さを評価したいところです。

ニーチェは北方的なワーグナーに対してビゼーのカルメンを南国的な精気に満ちた作品として絶賛しています。カラスの乾いた声、そしてフランス勢で固められたこの録音をニーチェが聴いたら、いったいどういう評価を下したのかと、ふと思われました。LPに比べるとふくらみ感が物足りないと書いたこの曲のCDですが、LPと比較しない限りはCDレベルでは現役盤としても十分良好な音質なので、レギュラー盤でもカラスのカルメンは是非、一度聴かれることをお薦めします。


ビゼー:歌劇「カルメン」全曲

ビゼー:歌劇「カルメン」全曲

  • アーティスト: プレートル(ジョルジュ),パリ国立歌劇場管弦楽団
  • 出版社/メーカー: EMIミュージック・ジャパン
  • 発売日: 2007/05/09
  • メディア: CD



カラスがカルメンのすぐ後に録音した、カラス最後のオペラ全曲録音になったプレートルによるステレオ盤のトスカもこの後エソテリック盤で聴くのが楽しみです。カラスのトスカはモノラルのサバータ盤が名盤として知られていますが、個人的にはこの声を失った最晩年のカラスの凄艶な歌唱もそれなりに評価しています。引退直前のカラスはこの時点でまだ40歳を少し過ぎたばかりだったはずですが。

このボックスセットの中ではさらに、ヤマハ製アイーダトランペット使用で話題になったカラヤンのアイーダやカラヤンがベーレンスをタイトルロールに起用したサロメもエソテリック製のSACDの音質で聴けるのが楽しみなところです。

歌劇『カルメン』全曲 カラス、ゲッダ、プレートル&パリ国立歌劇場管(2CD)
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エッシェンバッハのシューベルト即興曲 [クラシックCD]

エッシェンバッハが弾いたシューベルト即興曲集がタワーレコードのオリジナル企画からリリースされました。エッシェンバッハが指揮者に転じた現在はピアニスト時代の録音の一部は現役盤はないようで、これも現在は廃盤になっている一枚です。このシューベルト即興曲集はLP時代に評判になった録音ですが、私は所有していませんでした。その後CDでも発売されましたが、私はCDでも聴いていませんでしたので、懐かしさもあって今回のタワレコからのリリースで初めて聴いてみました。


エッシェンバッハが弾いたショパンの前奏曲集の録音は、確か吉田秀和氏が黒い画集と評した演奏で、その評からもわかるように、ピアニスト時代のエッシェンバッハは心の中に閉じ込められたキャンバスに自分だけの心象風景を描いていくかのような孤高な佇まいを感じさせるピアニストでした。その後、ラドゥ・ルプーやポゴレリッチ、近くはアンデルジェフスキといったピアニストたちが登場するようになりましたが、エッシェンバッハの行き方には彼らの演奏の先駆けが見られるような気がします。

エッシェンバッハ.jpgシューベルト 即興曲集 作品90、142  エッシェンバッハ(p)











CDになってからは遠ざかっていたエッシェンバッハのピアノをこうして改めて聴いてみると、想像していた以上に、それは個性的なものでした。エッシェンバッハが弾くシューベルトの即興曲は決して甘口のシューベルトではなく、ほろ苦い辛口のシューベルトでした。独特の硬質なタッチでシューベルトの音楽がリアルに静謐に浮き彫りにされています。

正直なところ超有名曲の作品90の第2番、第4番など、もっと甘口の流れるような演奏で聴きたいところですが、そうならないところがエッシェンバッハのエッシェンバッハたる所以なのでしょう。78年というこの時代らしいDG独特の硬質のオンマイク録音も、エッシェンバッハの演奏にはふさわしいかもしれませんが、私の好みではもう少しオフマイクでホールトーンが欲しいところです。

エッシェンバッハがこのままピアニストを続けていたら、いったいどういうピアノを聴かせてくれたのか、とふと思われました。この即興曲と同じ頃にエッシェンバッハが録音していた同じシューベルトの遺作のイ長調ソナタはLPを所有していましたが、またCDでも聴いてみたくなりました。

クラシックのCDは営利的には厳しい時代を迎えているようですが、タワレコのオリジナル企画により、このような思いがけずも貴重な演奏の記録に巡り合うことができたのは幸せなことです。

Christoph Eschenbach/シューベルト: 即興曲集 (Op.90, Op.142)<タワーレコード限定> [PROC-1256]


シェリングのスペイン、中南米リサイタル [クラシックCD]

シェリングの昔懐かしいスペイン、中南米音楽のリサイタル盤がタワーレコードのオリジナル企画からリリースされました。このオリジナルLPは所有していませんでしたが、CDはオリジナルジャケットが再現されているので、昔レコード店で見たジャケットを懐かしく思い出しました。オリジナルのフィリップスのレーベルが今ではユニバーサルに統合されたので、ジャケット右上のマークがデッカに代わっているのが、今という時代を感じさせます。

.jpgシェリング スペイン、中南米リサイタル 
ファリャ/スペイン舞曲第一番、サラサーテ/アンダルシアのロマンス、サパテアード、バレ/かがり火のほとりで、ポンセ/短いソナタ・他 クロード・マイヨール(ピアノ)







シェリングは正直、私にとってかけがえのないヴァイオリニストではありませんでした。私にとってのシェリングは、ちょうどピアニストでいうとアシュケナージに良く似たタイプのアーチストで、若い時はその線の細い端麗な演奏にフレッシュな魅力が感じられましたが、大成した後はその完璧なヴィルトゥーゾスタイルに完成され過ぎた物足りなさを感じてしまっていました。それは職人タイプのアーチストが歳を重ねて自分だけの世界をさらに堅固に構築していくのとは異なり、全ての要素に万遍なく目配りされていることによる平準化の物足りなさと言えるものかもしれません。何でもあるということは、何もないということと同じ物足りなさが感じられるものです。

若いときにその端正な美貌で知られたハンサムな二枚目俳優が歳を重ねて名優として成長し、世間から高い評価を浴びるようになったものの、若き日の美貌は失われてしまったのと、どこか似ています。

完璧で無駄のないシェリングの演奏は、そうした行き方だったらヴァイオリンではなくてもいいのでは? 、 とふと思ってしまう瞬間もありました。今回、シェリングを久しぶりに聴き直してみてその印象が払拭されたわけではありませんが、ヴァイオリニストとしてのシェリングの歌い口の美しさを、むしろ意外なほどに再認識させられました。指揮者に転じたアシュケナージとは異なり、生涯ヴァイオリニストで通したシェリングのヴァイオリンからは、それはそれでピュアなヴァイオリン本来の無理のない美しさを聴きとることができました。どうして、どうして大成してからのシェリングは、その浸透的な美音は失われていなかったことがわかりました。

今回このリサイタル盤を購入した最大の理由は、シェリングでサラサーテの「アンダルシアのロマンス」と「サパテアード」が聴いてみたかったからです。共にスペイン舞曲集にまとめられている魅力的なこれら2曲は、意外にも一緒に聴けるリサイタル盤は多くありません。やはりタワレコからリリースされたシュヴァルベのリサイタル盤(QIAG-50081)も、偶然この2曲が収録されていました。シュヴァルベ盤は先にこのブログで取り上げています。

http://fantasia.blog.so-net.ne.jp/2012-04-04

ライナーノートに書かれているようにシェリングのここでの演奏はスペイン音楽に期待される扇情的な「こぶし」は聴かれません。むしろそれを意識的に排除しているのではないかとすら思われます。にもかかわらず、ここに聴けるサラサーテはシェリングならではのユニークなサラサーテたりえています。

このサラサーテの2曲をシュヴァルベと聴き比べてみました。結果は何とソリストというよりコンマスとして知られていたシュヴァルベの方が職人的なこぶしを効かせていて、ソリストのシェリングの方がよりストレートな演奏です。先のブログではシュヴァルベはコンマスらしいすっきりした演奏という感想を書きましたが、何とそのシュヴァルベですらシェリングに比べれば、随分と職人的なこぶしを随所に効かせています。どちらがいいというのではなく、こぶしを排除しているのにもかかわらずシェリングの弾き方の方が結果的にはシュヴァルベより濃厚に聴こえるのは面白いと思います。

その強く緊張した潔癖な歌い口こそ、まさにシェリング節ともいえるものであり、それはサラサーテの他にもこの盤に収められた他のスペインや中南米音楽のどの曲からも聴くことができます。残念ながらこのリサイタル盤に収められているスペイン音楽以外の、シェリングの第二の故郷に由来するというメキシコを含む中南米音楽は聴き慣れない曲が多いせいか、正直、これでなければという強い魅力は感じられません。一愛好家としては、できればスペイン音楽で通して欲しかったというのも本音です。けれども、頭に収められたスペイン音楽から中南米音楽へと続けて聴くと、そこに共通するシェリングの熱い火照りが伝わってきます。

このリサイタル盤は70年のアナログ録音ながら、ハイビットリマスターにより伴奏のピアノともども、信じられないほどのみずみずしい音で再現されます。LPで親しんだ人にとってはCDならではの物足りなさは残るかもしれませんが、CDから入った私にとっては予想外のいい音でした。久しぶりに、いいヴァイオリンが聴けました。

Henryk Szeryng/スペイン, 中南米リサイタル [PROC-1239] 

Michel Schwalbe/ヴァイオリン小品集 - ラヴェル: 「ツイガーヌ」; バルトーク: 「ルーマニア民族舞曲」, 他<タワーレコード限定> [QIAG-50081]


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