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ゲルギエフ ロメオとジュリエットのSACD [クラシックCD]

プロコフィエフ「ロメオとジュリエット」のゲルギエフの新譜を聴きました。今年初めての聴きものになりました。ゲルギエフは手兵のキーロフと既にこの曲の全曲盤を録音しているので、これは再録になりますが、私は旧盤は聴いていないので、これがゲルギエフ初めてのロメオになりました。

今回はLSO(ロンドン交響楽団)の自主レーベルLSOライブによるSACD録音盤です。ゲルギエフのロメオと、この曲をSACDで聴けるということで、二重の期待が高まります。 

ロメオ.jpgゲルギエフは現代には珍しいカリスマ性の強い指揮者であると言われていますが、その風評とは裏腹に実際の音楽作りは極めて真摯で正統的なものであり、際物やケレンといった要素はほとんど感じられません。ただ、現役の指揮者中では個性的な表現力の強さが際立っているところが、カリスマと呼ばれる由縁なのでしょう。

個人的にはゲルギエフであればこそ、さらなるカリスマ性に徹して欲しいと思うところもあるのですが、現役指揮者中ではその思い入れの強い表現力の濃さでは随一ではないかと思っています。

このロメオでもゲルギエフは正統的です。この魅力的な曲は既に他の演奏によるCDを数種所有していますが、残念ながらそれらの中にあってこのゲルギエフ盤によって初めて聴けるといった斬新さは見あたりません。では退屈な凡演なのかと言うと決してそうではなく、いつものゲルギエフらしい劇性の強い音楽の運びは最後まで聴く耳を惹きつけて離しません。「ティボルトの死」やソフトバンクのCMでお馴染みの「騎士たちの踊り」などでは、他の演奏からは聴けないゲルギエフならではの、ここぞという決めの強さに圧倒されます。

では、もう一つの聴きどころであるSACDの音質はどうだったのでしょうか。決して驚くような超ハイファイ録音ではないのですが、SACDならではのアナログに近い滑らかさの中に大オーケストラのダイナミズムを両立させた、SACDとしては標準的な優秀録音と言ってよいでしょう。

SACDの音質は情報量がCDよりも多い分、アナログに近づくのですが、かといってLPの音に近づくわけではありません。あくまでデジタルの特性は残しながら、明らかにCDでは聴けない領域の音にまで踏み込んでいる第三のデジタルメディアとしてのの実力を、このSACDであらためて認識させられました。

それにしてもプロコフィエフのロメオはこの作曲家のインスピレーションの頂点が記録された魅力的な曲だと思います。演奏時間2時間を優に超えるバレエ音楽の全曲中、無駄な箇所はほとんど見あたりません。全曲は大きく前半の提示部と後半の展開・再現部とに分かれていると見ることもできます。この曲の聴き所は何と言っても、この作曲家特有の冷ややかで、ある意味ではグロテスクですらある凄艶な美しさが夜の静寂の中に明滅する夜の音楽の部分にあると言えます。その凄艶な美しさはシェーンベルクの「浄められた夜」にも通じるものが感じられます。その一方で、街中の喧噪を描いた昼の音楽の部分もプロコフィエフらしいピリリと刺激的なワサビが効いて魅力的です。

ゲルギエフの演奏ではそうしたプロコフィエフのソフィスティケートされた特性よりは、もう少し健康的でワイルドな持ち味が勝っているようです。この曲のプロコフィエフらしさではティルソン・トーマス盤やマゼール盤、そして意外にも(!?)アバド盤の方が勝っているかもしれません。組曲の、しかもわずか7曲だけの抜粋版ですが、フェドセーエフ盤がプロコフィエフらしいグロテスクな美しさを前面に押し出した演奏として、個人的には高く評価しています。それらの中にあって、ゲルギエフ盤はプロコフィエフらしい毒気はほどよく解毒されているものの、独自の主張を持った熱演であることに変わりはないと言えそうです。






『ロメオとジュリエット』全曲 ゲルギエフ&ロンドン交響楽団(2SACD) icon
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