初夏に聴きたいプーランクの「田園のコンセール」 [クラシックCD]
今時分の新緑の候、不思議と聴きたくなるのがプーランクの「田園のコンセール」です。表題は「協奏曲」の「コンチェルト」ではなく、「合奏」のフランス語である「コンセール」になっていますが、実質的にはオーケストラとチェンバロのための3楽章構成によるチェンバロ協奏曲の形式で書かれています。
オーケストラとチェンバロソロによる疑似バロック音楽的なその音の運びは、今頃の季節には誠にふさわしく、深い森の新緑の香りを爽やかな一陣の風と共にもたらしてくれるかのようです。ここでの田園とはヴェルサイユ宮殿内の疑似田園がイメージされているようですが、そこには南フランスの田舎風の民俗調も混交しています。終楽章のオーケストレーションの一部には、さながら日本の村祭りのようなすっとぼけた笛と太鼓の響きも聴こえてきますが、こんな箇所は南フランス調と言っていいのでしょうか。
この曲のようなチェンバロ協奏曲の先駆には、有名なバッハの作品があります。このバッハのチェンバロ協奏曲は伴奏の弦楽器を各パート一人にして演奏される場合がありますが、それでもチェンバロのソロパートは消されてしまう箇所もあるということです。生のコンサートで10数人程度の室内合奏団の伴奏でバッハのチェンバロ協奏曲を聴いたことがありますが、その時のチェンバロソロの聴感上の音量は、ちょうど録音で聴く室内合奏団の背後にかすかに聴こえる通奏低音としてのチェンバロぐらいの音量で、合奏と重なるとソロパートは聴こえにくくなるところが多々ありました。尤も、チェンバロにおける協奏曲か通奏低音かの違いは、チェンバロが合奏団の前にいるか後ろにいるかだけの相違で、チェンバロそのものの音量に大きな差はないわけです。
ましてやこの曲はブラスと打楽器を含む通常の2管編成のモダンオケにチェンバロソロという取り合わせで書かれているので、これはそもそも音量バランス上、土台無理な組み合わせであり、この曲を楽しめるのは録音の上だけの特権といえるかもしれません。現在、生の演奏会でこの曲を取り上げる場合は、いったいどのように処理しているのでしょうか。
元来ランドフスカに捧げられたこの曲は、ランドフスカが復興したランドフスカモデルというピアノのメカニックを取り入れ大音量再生を可能にしたプレイエル製のチェンバロのために書かれた曲ですが、このモンスターチェンバロをもってしても、生の演奏会ではどの程度チェンバロの音が聴こえるのかは疑問です。さらに現在のモダンチェンバロや歴史的なレプリカモデルのチェンバロで弾くと、オーケストラにチェンバロソロの音は完全にかき消されてしまいそうです。ちなみにモダンチェンバロの音量は、筐体自体を響かせるレプリカモデルよりもさらに小さくなるようです。
この曲を初めて聴いたのがマルティノンが指揮するORTF管によるエラートのLPでしたが、これは現在CD化されています。恐らくこの録音でこの曲を知った方は多いと思いますが、70年のステレオによるこの録音では、当時の常としてチェンバロのソロパートが現在の水準から見れば極端に巨大化されて収録されています。これは当時のバッハのチェンバロ協奏曲の録音などにも見られる現象で、マルチマイクの一つとしてチェンバロソロ用に設定されたマイクからの音量を、ミキシングする際にオーケストラと同じレベルにまで引き上げてしまっていたことに起因するようです。結果的にカラオケよろしくオーケストラに対してソロを後から貼り付けたように聴こえます。おまけに、このエラートの録音ではクローズアップされたチェンバロの定位が定まらず、楽章によって中央から左へとフラつきます。
初めに、この歴史的録音にケチをつけてしまいましたが、マルティノンのメリハリの効いた棒の効果も相俟って、今聴いても、これはいい演奏です。チェンバロソロのヴェイロン=ラクロワはモダンチェンバロのノイペルトを弾いていますが、プレ・レオンハルトともいうべきピリオド奏法普及以前のチェンバリストなので、レジストレーションも含めてこの曲にはそれが返ってマッチしています。
同じエラートがデジタル時代に入ってからコンロン~ロッテルダムフィルによりプーランクの協奏曲全曲を2枚のCDに再録音しましたが、このプロジェクトではこの曲のチェンバロソロはコープマンが担当しています。ここでコープマンが弾いているのはモダンチェンバロなのかレプリカモデルなのか記載はありませんが(モダンのノイペルトでしょうか?)、当然録音に際しチェンバロはクローズアップされています。それでもアナログ時代の録音に比べればバランスは大幅に改善され、オーケストラのアコースティックの中にチェンバロのソロパートが違和感なく溶け込むようになりました。ここらへんが録音で聴くこの曲の最良のバランスかもしれません。
コンロンの指揮はマルティノンよりおっとりしていますが、プーランクらしさはこれで十分。チェンバロのコープマンは、前衛的なピリオド系キーボード奏者としての過激な持ち味は現代曲のせいか抑えられ、この曲のチェンバロパートを過不足なく冷静なまでに丁寧に再現しています。録音はアナログ時代の独特のエラートサウンドが薄くなっている分、むしろ聴きやすくまとめられているといえるかもしれません。
この曲にはもう一枚、デュトワ~フランス国立管の伴奏でピアニストのロジェがチェンバロを弾いている素敵な盤があります。プーランク管弦楽曲集(1)ということで、他には数曲の小品の他、プーランクにしては大曲の「シンフォニエッタ」、そしてブラスと木管、打楽器にチェンバロを組み合わせたジェルヴェーズによる「フランス組曲」がフィルアップされています。後者は田園のコンセールが谺するチャーミングな疑似バロック音楽的な小品集です。
プーランク:管弦楽曲集(1)
この盤は入念なデュトワの棒にピアニストらしい表情付けが垣間見られるロジェのチェンバロが相俟って魅力的な演奏に仕上がっています。
ただ、この曲はプーランクの書法のせいか、オーケストラもチェンバロパートも奏者による違いが驚くほど出にくい曲です。基本的にテンポも解釈もここでご紹介した三者には大きな違いは見られません。マルティノン、ヴェイロン=ラクロワ盤は思い出の名盤として別格扱いということで、デジタル時代の二つの録音のうちではデュトワ、ロジェに比べ、よりプレーンなコンロン、コープマン盤の方に個人的には軍配を挙げておくことにしましょうか。
鍵盤楽器のための協奏曲集 アラン、コープマン、コラール、他 コンロン&ロッテルダム・フィル(2SHM-CD)
オーケストラとチェンバロソロによる疑似バロック音楽的なその音の運びは、今頃の季節には誠にふさわしく、深い森の新緑の香りを爽やかな一陣の風と共にもたらしてくれるかのようです。ここでの田園とはヴェルサイユ宮殿内の疑似田園がイメージされているようですが、そこには南フランスの田舎風の民俗調も混交しています。終楽章のオーケストレーションの一部には、さながら日本の村祭りのようなすっとぼけた笛と太鼓の響きも聴こえてきますが、こんな箇所は南フランス調と言っていいのでしょうか。
この曲のようなチェンバロ協奏曲の先駆には、有名なバッハの作品があります。このバッハのチェンバロ協奏曲は伴奏の弦楽器を各パート一人にして演奏される場合がありますが、それでもチェンバロのソロパートは消されてしまう箇所もあるということです。生のコンサートで10数人程度の室内合奏団の伴奏でバッハのチェンバロ協奏曲を聴いたことがありますが、その時のチェンバロソロの聴感上の音量は、ちょうど録音で聴く室内合奏団の背後にかすかに聴こえる通奏低音としてのチェンバロぐらいの音量で、合奏と重なるとソロパートは聴こえにくくなるところが多々ありました。尤も、チェンバロにおける協奏曲か通奏低音かの違いは、チェンバロが合奏団の前にいるか後ろにいるかだけの相違で、チェンバロそのものの音量に大きな差はないわけです。
ましてやこの曲はブラスと打楽器を含む通常の2管編成のモダンオケにチェンバロソロという取り合わせで書かれているので、これはそもそも音量バランス上、土台無理な組み合わせであり、この曲を楽しめるのは録音の上だけの特権といえるかもしれません。現在、生の演奏会でこの曲を取り上げる場合は、いったいどのように処理しているのでしょうか。
元来ランドフスカに捧げられたこの曲は、ランドフスカが復興したランドフスカモデルというピアノのメカニックを取り入れ大音量再生を可能にしたプレイエル製のチェンバロのために書かれた曲ですが、このモンスターチェンバロをもってしても、生の演奏会ではどの程度チェンバロの音が聴こえるのかは疑問です。さらに現在のモダンチェンバロや歴史的なレプリカモデルのチェンバロで弾くと、オーケストラにチェンバロソロの音は完全にかき消されてしまいそうです。ちなみにモダンチェンバロの音量は、筐体自体を響かせるレプリカモデルよりもさらに小さくなるようです。
この曲を初めて聴いたのがマルティノンが指揮するORTF管によるエラートのLPでしたが、これは現在CD化されています。恐らくこの録音でこの曲を知った方は多いと思いますが、70年のステレオによるこの録音では、当時の常としてチェンバロのソロパートが現在の水準から見れば極端に巨大化されて収録されています。これは当時のバッハのチェンバロ協奏曲の録音などにも見られる現象で、マルチマイクの一つとしてチェンバロソロ用に設定されたマイクからの音量を、ミキシングする際にオーケストラと同じレベルにまで引き上げてしまっていたことに起因するようです。結果的にカラオケよろしくオーケストラに対してソロを後から貼り付けたように聴こえます。おまけに、このエラートの録音ではクローズアップされたチェンバロの定位が定まらず、楽章によって中央から左へとフラつきます。
プーランク:オルガンのための協奏曲、田園コンセール(再プレス)
- アーティスト: マルティノン(ジャン),プーランク,フランス国立放送管弦楽団,アラン(マリー=クレール),ヴェイロン=ラクロワ(ロベール)
- 出版社/メーカー: WARNER MUSIC JAPAN(WP)(M)
- 発売日: 2008/01/31
- メディア: CD
初めに、この歴史的録音にケチをつけてしまいましたが、マルティノンのメリハリの効いた棒の効果も相俟って、今聴いても、これはいい演奏です。チェンバロソロのヴェイロン=ラクロワはモダンチェンバロのノイペルトを弾いていますが、プレ・レオンハルトともいうべきピリオド奏法普及以前のチェンバリストなので、レジストレーションも含めてこの曲にはそれが返ってマッチしています。
同じエラートがデジタル時代に入ってからコンロン~ロッテルダムフィルによりプーランクの協奏曲全曲を2枚のCDに再録音しましたが、このプロジェクトではこの曲のチェンバロソロはコープマンが担当しています。ここでコープマンが弾いているのはモダンチェンバロなのかレプリカモデルなのか記載はありませんが(モダンのノイペルトでしょうか?)、当然録音に際しチェンバロはクローズアップされています。それでもアナログ時代の録音に比べればバランスは大幅に改善され、オーケストラのアコースティックの中にチェンバロのソロパートが違和感なく溶け込むようになりました。ここらへんが録音で聴くこの曲の最良のバランスかもしれません。
- アーティスト: ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団,プーランク,コンロン(ジェームス),アラン(マリー=クレール),コラール(ジャン=フィリップ),デュシャーブル(フランソワ=ルネ),コープマン(トン)
- 出版社/メーカー: ワーナーミュージック・ジャパン
- 発売日: 2001/07/25
- メディア: CD
コンロンの指揮はマルティノンよりおっとりしていますが、プーランクらしさはこれで十分。チェンバロのコープマンは、前衛的なピリオド系キーボード奏者としての過激な持ち味は現代曲のせいか抑えられ、この曲のチェンバロパートを過不足なく冷静なまでに丁寧に再現しています。録音はアナログ時代の独特のエラートサウンドが薄くなっている分、むしろ聴きやすくまとめられているといえるかもしれません。
この曲にはもう一枚、デュトワ~フランス国立管の伴奏でピアニストのロジェがチェンバロを弾いている素敵な盤があります。プーランク管弦楽曲集(1)ということで、他には数曲の小品の他、プーランクにしては大曲の「シンフォニエッタ」、そしてブラスと木管、打楽器にチェンバロを組み合わせたジェルヴェーズによる「フランス組曲」がフィルアップされています。後者は田園のコンセールが谺するチャーミングな疑似バロック音楽的な小品集です。
プーランク:管弦楽曲集(1)
この盤は入念なデュトワの棒にピアニストらしい表情付けが垣間見られるロジェのチェンバロが相俟って魅力的な演奏に仕上がっています。
ただ、この曲はプーランクの書法のせいか、オーケストラもチェンバロパートも奏者による違いが驚くほど出にくい曲です。基本的にテンポも解釈もここでご紹介した三者には大きな違いは見られません。マルティノン、ヴェイロン=ラクロワ盤は思い出の名盤として別格扱いということで、デジタル時代の二つの録音のうちではデュトワ、ロジェに比べ、よりプレーンなコンロン、コープマン盤の方に個人的には軍配を挙げておくことにしましょうか。
鍵盤楽器のための協奏曲集 アラン、コープマン、コラール、他 コンロン&ロッテルダム・フィル(2SHM-CD)
2011-05-04 22:42
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