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ラトル「カルメン」のSACD [クラシックCD]

ラトルがベルリンフィルと「カルメン」を録音しました。私にとってはSACDで聴く初めてのオペラになりました。例により輸入盤は国内盤の半分ほどの価格ですが、レギュラーCD仕様の輸入盤に対して国内盤はSACD仕様(ハイブリッド)で、しかもDVD(約1時間の抜粋版)のオマケ付ということなので、今回は国内盤で購入してみました。これで国内盤は5,000円弱という価格なのでSACD2枚としてもむしろサービス価格です。

ラトルのカルメンはアルコーア版に従ったオペラコミーク仕様ですが、ほとんどの台詞はカットされ実質音楽部分のみなので、結果的にはグランドオペラ版と大差はないということになります。このレコーディングはベルリンフィルとの演奏会形式による公演を録音したものなので、付録のDVDを見ていると、コンサート形式によるその上演の様子がよくわかります。極く少数残された台詞は声優ではなく歌手が自分の役を担当しているのもDVDで見るとよくわかります。児童合唱はステージ左端に陣取られているのは録音も一緒で、通常の録音とは異なり行進でも動き回りません。


ビゼー:歌劇「カルメン」全曲

ビゼー:歌劇「カルメン」全曲

  • アーティスト: ラトル(サイモン),ビゼー
  • 出版社/メーカー: EMIミュージックジャパン
  • 発売日: 2012/08/22
  • メディア: CD


さてDVDを先に見て、高鳴る期待のもとSACDを視聴してみました。

ほぼ音楽部分のみでまとめられたこの演奏は譜面上はグランドオペラ版と大差ないと先に書きましたが、ラトルはわざわざオペラコミーク版を選んだだけあって、その演奏はあきらかにオペラコミーク版ならではの小回りの効いた軽快さが生かされたものになっています。前奏曲からすでにグランドオペラとしての前奏曲ではなく、オペラコミークとしての活き活きとしたざわめきが感じられます。

以後もラトル~ベルリンフィルのオケ部分は快調で随分、耳をそばだたせられます。そういえばラトルはポストピリオド演奏の世代の指揮者です。ラトルのベートーヴェン交響曲全集もベーレンライター版採用で、ヴィヴラートが最小限に抑えられたピリオド演奏を援用した演奏でした。カルメンも抑制されたヴィヴラートによる溌剌とした表情が新鮮です。ポストピリオド世代の指揮者によるカルメンを聴いたのも、このラトルが初めての経験になりました。

さて、肝心の歌手です。まずカルメンではなくホセのカウフマンの方に痺れました。カルメン一途のホセの心情が真摯にリアルに歌い出されていて胸を打たれます。どこかで聴いた声質だと思ったら、往年のフランコ・コレルリでした。カウフマンは近年のテナーには珍しいコレルリを思わせる少し太めのテノーレ・ロブストの声質です。カラヤンの旧盤のカルメンでのコレルリのホセも素敵でしたが、カウフマンはもしかしたらコレルリを上回る出来です。フランス語の発音と高音の伸びのしなやかさはあきらかにコレルリを上回ります。カウフマンはドラマチックテナーだとばっかり思っていましたが、本来はリリックテナーから出発したようです。それだけに本来がドラマチックテナーだったコレルリよりリリックなのかもしれません。

で、肝心のカルメンです。さて、これが魅力的なカルメン歌唱かといわれると、私には少々疑問が残ります。ここでカルメンを歌っているラトル夫人のコジェナーはモーツァルトのオペラのメゾの諸役やバッハのカンタータを得意とする、音楽的で知的なメゾとの印象を抱いていました。ここでのカルメンはその声楽的にも整った少し暗めの声を生かしたすっきりとした歌唱です。カルメンらしい表情付も十分ですが、それは多分に頭で考えられた表情に聴こえます。

コジェナーのカルメンにはカラスやバルツァのカルメンに聴かれるような魔性の持つ妖しい魅力が希薄なのです。コジェナーにそれを期待するのがお門違いなのかもしれませんが、それは歌唱法というよりもカラスやバルツァが持って生まれた特異な声のキャラクターとコジェナーのノーマルな声質の違いという問題なのかもしれません。

私のカルメン体験はソプラノのカラスから入ったせいか、メゾで歌われたカルメンは、カルメンはこういう声だよというような観念的なカルメン過ぎて逆に物足りなく感じてしまうようになりました。その物足りなさはコジェナーと同じ傾向のメゾで歌われたオッターやガランチャのカルメン歌唱にも感じられます。ガランチャなど映像で見る限り、あれだけ妖艶なカルメンを演じているのに、歌唱そのものはその姿ほどには妖艶なものではありません。同じメゾでも黒人特有の伸びのある美声を生かしたバンブリー(半分ソプラノでしたが)や、独特の粘りつくような裏声が混じるバルツァの声はそれなりに魅力的なカルメンとして聴こえるのですが。

それでも、ここでのコジェナーはラトルのカルメンにふさわしいカルメン歌唱というべきなのかもしれません。オペラコミークの軽快なフットワークを生かしたラトルの棒さばきに、コジェナーの細やかな軽い歌唱スタイルはよくマッチしています。それだけにこの全曲盤は「コジェナーのカルメン」ではなく、あくまで「ラトルのカルメン」になっているのですが。

その他の歌手はエスカミーリョとミカエラに私の知らない新人が起用されていました。エスカミーリョのスモリジナスはバリトンではなくバス(軽めのバスですが)なので、バリトンのように聴こえるカウフマンの重めのテノールとのコントラストがうまくいっています。ミカエラのキューマイヤーは独墺系のリリックソプラノのようですが、瑞々しいきれいな声です。

さて初めて聴くSACDのオペラの音質やいかに?  初めて聴く録音なので残念ながらCDに対するSACDのメリットは正直はっきりとはわかりません(ハイブリッドなのでCD層との比較もできるのですが)。ただ、手前から奥へとオーケストラ、ソロ、合唱と並ぶ遠近感がはっきり聴き取れるのはSACDならではのメリットかもしれません。高弦群が少し細く人数が少なく聴こえますが、録音の音質自体は刺激感のないきれいな音質の録音です。

さてラトル盤の総体的な出来ですが、同じベルリンフィルとのアルコーア版によるカルメンということでは、どうしてもカラヤン、バルツァ盤と比べてしまいます。結果は、声優を別に起用しているカラヤン盤よりも台詞を大幅にカットしているラトル盤の方が断然オペラコミークらしく聴こえるのは皮肉なことです。けれどもカラヤン盤は魔性を宿したバルツァのカルメン歌唱の魅力とカラヤンの手練手管が込められたオーケストラは共に聴きものです。一方、オペラコミークらしい臨場感が際立つラトル盤はそこに存在意義があるといえそうです。その大仰に構えたところのない自然な生々しさは、やはり今という時代性の反映なのかもしれません。

『カルメン』全曲 ラトル&ベルリン・フィル、コジェナー、カウフマン、他(2012 ステレオ)(2SACD+DVD)
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