ミケランジェリ~ラヴェル、ラフマニノフ ピアノ協奏曲のSACD [クラシックCD]
ミケランジェリがステレオ最初期に残した2曲の協奏曲の録音がSACDになりました。ラヴェルとラフマニノフの協奏曲2曲で、ラヴェルは両手用の方、ラフマニノフは2番、3番ではなく、虚をついた4番という選曲です。
その凍りついたかのように冷徹な静けさの中に閉じ込められた演奏の世界、そしてそれを現実の音として可能にしていく真綿でくるまれたかのような特殊なピアノの音、このSACDを聴いて、ミケランジェリというピアニストの独自性があらためて認識させられました。
1957年という最初期のステレオ録音ながら、当時の録音レベルを遥かに超えた優秀録音で、ベルベットのような独特の滑り感のあるミケランジェリの特殊なピアノの音が55年も前の録音に、ここまで捉えられていたというのは、むしろ奇跡的です。それがSACDでは一層瑞々しく蘇るようになりました。さすがにラヴェルの協奏曲のオーケストレーションの巧緻なディテールなど、最新録音と比べると聴こえないパートもあるのですが、バックに広がるオケのトータルの空気感は当時の録音水準を超えた瑞々しさで再現されます。
さて、久しぶりに聴いたミケランジェリですが、意外にも本命のラヴェルよりもラフマニノフに今回はより強い感銘を受けました。
ラフマニノフ最後のピアノ協奏曲になった第4番は、2番と3番で頂点を極めてしまった後に書かれた作品だけに、豪華絢爛なピアノのヴィルトゥオーゾの手法に華麗なオーケストラが絡まるというラフマニノフ特有のルーティンワークの手法に終始し、この曲ならではの新たな創造が試みられているわけではありません。2番、3番に比べても曲への評価は低く、単独に取り上げられることはほとんどない作品です。ラフマニノフの全協奏曲中最も演奏時間は短いだけに、却ってラフマニノフ本来の持ち味は濃厚に凝縮されていて、全篇、これケレンだけでまとめられたといっても過言ではないような曲に仕上がっています。ラフマニノフ自身はより饒舌な書法を改訂して、ここまで切り詰めたということですが。
こういうある種ゲテ物的な曲だからこそ、皮肉にもそこにミケランジェリの本領が発揮されるのです。通常のピアニストがこの曲を弾くと、曲想の空しさだけが印象付けられて水っぽく聴こえるだけなのですが、ミケランジェリは持前の非人間的な突き放した冷徹さによって、ゲテ物ならでは妖しい魅力を薄気味悪くなるほどリアルに再現しています。ミケランジェリの手にかかると、曲の空虚さがリアルな白日夢のように生々しさを伴って蘇り、そこにはこの世のものとは思えないような非現実的な華麗な哀愁の世界が拡がります。
ミケランジェリが2番、 3番ではなく敢えてこの曲を取り上げた理由が、私にはわかるような気がします。膨大な数のレコード史の中で、このようなユニークな演奏に巡り合えたことはたいへん幸せなことだと思います。
一方ラヴェルの両手用の協奏曲は、同じ作曲者によるシリアスな左手用の協奏曲とは対照的に、既存のピアノ協奏曲のパロディーとして書かれたかのような喜遊的な作品です。パロディーとしてのこの協奏曲を弾く上で、ミケランジェリの醒めた眼差しがふさわしくないはずはありません。
私は幸運にも、生前のミケランジェリによるこの曲の生の演奏を聴いていますが、完璧主義者のミケランジェリの演奏はレコーディングと生とではほとんど変わりません。ミケランジェリの弟子でもあったアルゲリッチは師を評して「完璧を求めるということは、いつでも同じでしかないということです」と語っているのも、即興的な閃きを得意とするアルゲリッチならではの見方としてわかるような気がします。実際、アルゲリッチや古くはミケランジェリと同世代のフランソワ、新しくはグリモーといったピアニスト達による、より自由で奔放なこの曲の演奏を聴いた後では、ミケランジェリの完璧に完成されたこの曲の演奏は、随分と古典的で遊びの少ない演奏に聴こえます。それでも他のピアニストにはないミケランジェリだけの研ぎ澄まされた完璧な表現が、この曲にある種の凄みとして働いていることに変わりはありません。
このラヴェルとラフマニノフの協奏曲の録音はレギュラー盤でも、十分今でも通用する優秀な音質で味わえるだけに、この演奏を聴いたことのない方には、是非ご一聴をお勧めします。若い人たちがミケランジェリの演奏を聴いたら、いったいどういう反応をするのでしょうか。表面上の身ぶりが極限まで抑えられたミケランジェリの静的な演奏に対して、何もしていないじゃないかと思うのか、それとも、その閉じられた密室の世界に現今のピアニストにはない妖しい魅力を感じるのでしょうか?
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第4番、ラヴェル:ピアノ協奏曲 ミケランジェリ、グラチス&フィルハーモニア管(シングルレイヤー)(限定盤)
Piano Concerto, 4, : Michelangeli(P) Gracis / Po +ravel: Concerto
その凍りついたかのように冷徹な静けさの中に閉じ込められた演奏の世界、そしてそれを現実の音として可能にしていく真綿でくるまれたかのような特殊なピアノの音、このSACDを聴いて、ミケランジェリというピアニストの独自性があらためて認識させられました。
1957年という最初期のステレオ録音ながら、当時の録音レベルを遥かに超えた優秀録音で、ベルベットのような独特の滑り感のあるミケランジェリの特殊なピアノの音が55年も前の録音に、ここまで捉えられていたというのは、むしろ奇跡的です。それがSACDでは一層瑞々しく蘇るようになりました。さすがにラヴェルの協奏曲のオーケストレーションの巧緻なディテールなど、最新録音と比べると聴こえないパートもあるのですが、バックに広がるオケのトータルの空気感は当時の録音水準を超えた瑞々しさで再現されます。
- アーティスト: ミケランジェリ(アルトゥーロ・ベネデッティ),ラヴェル,ラフマニノフ,グラチス(エットレ),フィルハーモニア管弦楽団
- 出版社/メーカー: EMIミュージック・ジャパン
- 発売日: 2012/11/28
- メディア: CD
さて、久しぶりに聴いたミケランジェリですが、意外にも本命のラヴェルよりもラフマニノフに今回はより強い感銘を受けました。
ラフマニノフ最後のピアノ協奏曲になった第4番は、2番と3番で頂点を極めてしまった後に書かれた作品だけに、豪華絢爛なピアノのヴィルトゥオーゾの手法に華麗なオーケストラが絡まるというラフマニノフ特有のルーティンワークの手法に終始し、この曲ならではの新たな創造が試みられているわけではありません。2番、3番に比べても曲への評価は低く、単独に取り上げられることはほとんどない作品です。ラフマニノフの全協奏曲中最も演奏時間は短いだけに、却ってラフマニノフ本来の持ち味は濃厚に凝縮されていて、全篇、これケレンだけでまとめられたといっても過言ではないような曲に仕上がっています。ラフマニノフ自身はより饒舌な書法を改訂して、ここまで切り詰めたということですが。
こういうある種ゲテ物的な曲だからこそ、皮肉にもそこにミケランジェリの本領が発揮されるのです。通常のピアニストがこの曲を弾くと、曲想の空しさだけが印象付けられて水っぽく聴こえるだけなのですが、ミケランジェリは持前の非人間的な突き放した冷徹さによって、ゲテ物ならでは妖しい魅力を薄気味悪くなるほどリアルに再現しています。ミケランジェリの手にかかると、曲の空虚さがリアルな白日夢のように生々しさを伴って蘇り、そこにはこの世のものとは思えないような非現実的な華麗な哀愁の世界が拡がります。
ミケランジェリが2番、 3番ではなく敢えてこの曲を取り上げた理由が、私にはわかるような気がします。膨大な数のレコード史の中で、このようなユニークな演奏に巡り合えたことはたいへん幸せなことだと思います。
一方ラヴェルの両手用の協奏曲は、同じ作曲者によるシリアスな左手用の協奏曲とは対照的に、既存のピアノ協奏曲のパロディーとして書かれたかのような喜遊的な作品です。パロディーとしてのこの協奏曲を弾く上で、ミケランジェリの醒めた眼差しがふさわしくないはずはありません。
私は幸運にも、生前のミケランジェリによるこの曲の生の演奏を聴いていますが、完璧主義者のミケランジェリの演奏はレコーディングと生とではほとんど変わりません。ミケランジェリの弟子でもあったアルゲリッチは師を評して「完璧を求めるということは、いつでも同じでしかないということです」と語っているのも、即興的な閃きを得意とするアルゲリッチならではの見方としてわかるような気がします。実際、アルゲリッチや古くはミケランジェリと同世代のフランソワ、新しくはグリモーといったピアニスト達による、より自由で奔放なこの曲の演奏を聴いた後では、ミケランジェリの完璧に完成されたこの曲の演奏は、随分と古典的で遊びの少ない演奏に聴こえます。それでも他のピアニストにはないミケランジェリだけの研ぎ澄まされた完璧な表現が、この曲にある種の凄みとして働いていることに変わりはありません。
ラヴェル:ピアノ協奏曲 ト長調、ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第4番
- アーティスト:
- 出版社/メーカー: EMI MUSIC JAPAN(TO)(M)
- 発売日: 2008/10/22
- メディア: CD
このラヴェルとラフマニノフの協奏曲の録音はレギュラー盤でも、十分今でも通用する優秀な音質で味わえるだけに、この演奏を聴いたことのない方には、是非ご一聴をお勧めします。若い人たちがミケランジェリの演奏を聴いたら、いったいどういう反応をするのでしょうか。表面上の身ぶりが極限まで抑えられたミケランジェリの静的な演奏に対して、何もしていないじゃないかと思うのか、それとも、その閉じられた密室の世界に現今のピアニストにはない妖しい魅力を感じるのでしょうか?
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第4番、ラヴェル:ピアノ協奏曲 ミケランジェリ、グラチス&フィルハーモニア管(シングルレイヤー)(限定盤)
Piano Concerto, 4, : Michelangeli(P) Gracis / Po +ravel: Concerto
2012-12-10 21:27
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