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サザーランドのホーム・スイート・ホーム [クラシックCD]

サザーランドの「ホーム・スイート・ホーム」と題されたこのリサイタル・アルバムでは「埴生の宿」という邦題で親しまれている表題曲のほか、「夏の名残のバラ」(邦題の別名「庭の千草」)という、日本でも親しまれた唱歌の原曲を聴くことができます。その他はサザーランドお得意のコロラトゥーラの聴かせ所を盛り込んだ曲やトスティの歌曲などがオーケストラ伴奏(一部ボニングのピアノ伴奏)で、一晩のリサイタルのようなプログラムに組まれています。

この元のLPは昔随分聴き親しんだ懐かしい思い出があります。CD時代になってからも日本盤で所有していたはずですが、なぜか手元になく、突然、無性に懐かしくなり、アマゾンとHMVのネットで探してみました。

なかなかヒットせず、高価な中古のオークション盤しか見当たらず諦めかけていたところ、何と海外盤は現役盤がアマゾン、HMV共にまだカタログに残っていました。92年製なので、もう20年も前の盤になりますが、オリジナル収録の国内盤にはなかった別録音のミュージカルからのナンバー4曲がオマケで入っていました。


Home Sweet Home

Home Sweet Home

  • アーティスト: Edward German,Federico Ricci,Friedrich von Flotow,Harold Fraser-Simson,Henry R Bishop,Jules Massenet,Julius Benedict,Luigi Arditi,Michael William Balfe,Paolo Tosti,Rudolf Friml,Ruggiero Leoncavallo,Vincent Wallace,Richard Bonynge,Richard Bonynge,New Philharmonia Orchestra,Joan Sutherland,Ambrosian Light Opera Chorus
  • 出版社/メーカー: Decca Import
  • 発売日: 1992/10/08
  • メディア: CD



オーストラリア出身のコロラトゥーラのサザーランドはイタリア系ではないということもあって、現役時代の評価は好悪相い半ばしていたようです。コロラトゥーラといっても細いレジェロな声質ではなかったので、ノルマやトゥーランドットのタイトルロールを歌った盤も出ていました。カラスとはまた異なる声質ながら、カラス同様に通常の可憐なコロラトゥーラにはないある種の強さを聴かせるサザーランドに、私は個人的には一つのキャラクターとしての魅力を感じていました。

このリサイタル盤はサザーランドが母国語の英語で歌った曲が多く含まれているので、ドラマチックな持ち味というより、サザーランド本来のリリックな持ち味の方が前面に押し出された、くつろいだ雰囲気の一枚になっています。

このリサイタル盤を国内盤のCDで聴いていたのも、もしかしたら20年以上も前だったかもしれません。表題曲の「埴生の宿」と同じビショップ作曲の「きけきけ雲雀を」、そのほか「庭の千草」、そしてNHKのFM放送の音楽番組のテーマに使われていたアルディーティの「口づけ」など懐かしく聴きました。

「庭の千草」は直訳が「ラストローズ・オブ・サマー―夏の名残のバラ」というフロトーの歌劇「マルタ」の中のヴァージョンなので、小学唱歌とは異なって最後にオクターヴ高く歌われるのも、昔、心をときめかせながら聴いたのを思い出しました。

久しぶりに聴くと、92年製CDの音質はLPに比べ、英デッカのキャラクターでもあるのですが、随分とハイ上がりに聴こえます。その後の20年の間にCDの音質はSACDの登場やリマスタリング技術の向上もあってか、ハイ上がりに聴こえる傾向が徐々に改善されてきたことが改めて認識されました。でも、20年前のこのハイ上がりの当時のCDらしい音質もまた、今ではある種の懐かしさが感じられます。

Home Sweet Home: Sutherland
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シュヴァルベとホープのリサイタル盤 [クラシックCD]

タワーレコードのオリジナル企画シリーズから、思いがけなくもシュヴァルベのヴァイオリン・リサイタル盤が発売されました。EMI原盤で、名伴奏者として知られるカール・エンゲルがピアノ伴奏を務めています。


シュヴァルベ.jpg ヴィルトゥオーゾ・ヴァイオリン―シュヴァルベ名演集
ラヴェル:「ツイガーヌ」;バルトーク:「ルーマニア民族舞曲」他
タワーレコード・エクセレントコレクション ヴィルトゥオーゾ・ヴァイオリン―シュヴァルべ名演集
ミシェル・シュヴァルベ(vn)/カール・エンゲル(p) QIAG-50081





シュヴァルベの名前はカラヤン時代のベルリンフィルのコンマスとして知られていますが、ソロ盤は極く少数しか出ていなかったようです。このEMI録音も、カラヤン~ベルリンフィルの来日記念盤として発売されたことがあるそうですが、私の記憶にはありません。

今回購入したのは、懐かしさからではなく、バルトークの「ルーマニア民俗舞曲」、サラサーテの「スペイン舞曲集」から「マラゲーニア」、「アンダルシアのロマンス」、「サパテアード」の3曲、ラヴェルの「ツィガーヌ」という、私の好きな曲が含まれているという、その選曲の良さに惹かれてのことです。これらの曲が一緒に聴けるリサイタル盤は恐らくこの盤だけではないでしょうか。アンダルシアのロマンスなど、有名曲にもかかわらず他にはパールマン盤ぐらいしかなかったので貴重です。ルーマニア民俗舞曲はテレビ番組の劇的ビフォーアフターにも使われて有名になった曲ですが、原曲のピアノ曲はリリー・クラウスのチャーミングな名演が残されています。

シュヴァルベのヴァイオリンはさすがにコンマスらしいスッキリして余分な崩しのない、シャープな演奏を聴かせています。こういう弾き方だと、却って好きな曲が奏者の癖にわずらわされることなく、曲そのものを堪能できます。いずれも民俗色の濃い曲が選ばれているのですが、シュヴァルベは民俗色をことさら強調することなく、職人的な的確さで各曲にふさわしい表情を紡ぎだしています。

こういうヴァイオリンはどこかで聴いたような気がしたので、思い出してみたら、シュナイダーハンでした。シュナイダーハンはシュヴァルベとは異なり、その生涯のほとんどをソロヴァイオリニストとして過ごしましたが、ウィーンフィルのコンマスだったこともあり、そのスッキリとした歌い口がシュヴァルベとの共通性を感じさせます。

この盤はタワレコのリマスタリングも優秀で、ツィガーヌの無伴奏部分などソロヴァイオリンの音がきれいなホールトーンを伴うのが聴こえます。伴奏のピアノの音ともども70年録音とは思えない優秀録音です。

シュヴァルベ盤を聴いたついでに、収録曲がこの盤と重なるホープのヴァイオリンリサイタル盤を聴いてみました。この盤は「イースト・ミーツ・ウエスト」と題され、ジプシーを含めた東方音楽からのインスピレーションが一枚のリサイタル盤としてまとめられています。タイトルはホープが敬愛するメニューインの「ウエスト・ミーツ・イースト」のオマージュとしての意図が込められたものでしょうか。メニューイン盤に収録されていたシャンカールの曲が、この盤の冒頭と最後にも収められています。

ホープは74年生まれなので、19年生まれのシュヴァルベとは、おじいさんと孫ほどの55歳も年齢が離れています。ポストクレーメルとも呼べるような新しい方向性をヴァイオリンから引き出そうとしている英国のヴァイオリニストで、同じ英国のヴァイオリニスト、ナイジェル・ケネディを思わせるところもあります。


イースト・ミーツ・ウェスト

イースト・ミーツ・ウェスト

  • アーティスト: ホープ(ダニエル),バルトーク,シュニトケ,シャンカール,ラヴェル,ファリャ,ナウアー(セバスティアン),マズンダール(カウラブ),チャクラパルティ(アソーク),セバスティアン(ジルダ)
  • 出版社/メーカー: ワーナーミュージック・ジャパン
  • 発売日: 2004/07/22
  • メディア: CD


この盤の注目はラヴェルの「ツィガーヌ」でラヴェルが意図したピアノ・リュテアルが復元されて実際に使われていることです。ピアノ・リュテアルはハンガリージプシーの民俗楽器のツィンバロンの音を模した鍵盤楽器という認識がありましたが、実際にはグランドピアノ本体にツインバロンやチェンバロのリュートストップのような音の出るアクションを付加した楽器でした。本体はあくまでグランドピアノそのもので、ストップ操作で特殊な音が出るようにしてあるようです。リュテアルというのはリュートのようなという意味でしょうか。

注目のピアノ・リュテアルを使ったツィガーヌですが、やはりその特殊な音が、この疑似ジプシー音楽の民俗調の匂いをさらに強めています。シュヴァルベよりも半世紀以上も後に生まれたホープのヴァイオリンもシュヴァルベより遥かにジプシーっぽい(!?)ヴァイオリンを意識的に弾いています。今の演奏はシュヴァルベ時代の禁欲的でザッハリッヒカイト(即物主義的)な演奏から見ると、こんなにも自由で濃厚な表情を付け加えるようになったのかと改めて驚かされます。シュヴァルベの謹厳な演奏からすると、ホープのジプシー風の崩しはある意味でツィガーヌのパロディーを弾いているのかと思われるほどです。

この盤ではシュヴァルベ盤と同じ「ルーマニア民俗舞曲」も入っていますが、このルーマニア民俗舞曲と、そしてもう1曲ファリャの「7つのスペイン民謡」から編曲された6曲の「スペイン民謡組曲」という計3曲にピアノ・リュテアルが使われています。原曲のピアノ曲からジプシーヴァイオリンがふさわしいヴァイオリン曲に編曲された前者、中東風のメロディーが出てくる後者共にピアノ・リュテアルの使用が奏功しています。ピアノ・リュテアルはストップ操作で様々な音色が出せるようにしているので、ピアノ本来の音が交えられたり、スペイン民謡組曲ではギターのような音も出しています。

この盤には上記3曲とシャンカールの曲のほか、世界初演というシュニトケのヴァイオリンソナタ第0番が入っています。この曲は特に東洋との関わりを感じさせる曲ではないのですが、非西欧的なロシアの匂いがする曲として、ここに選ばれたようです。

正直、私にはシャンカールのインド音楽とシュニトケのソナタは積極的に触手が動く音楽ではないのですが、このアルバムのコンセプトの中では結構楽しみながら聴くことができます。けれどもそれ以上にピアノ・リュテアルを使った魅力的な3曲が聴けるだけでも、この盤の存在価値は大きなものがあります。シュヴァルベとはまさに対照的に表情の幅を大きく取ったホープの演奏も、いい意味でのエンターテイメント性の高さを感じさせます。これは異色のリサイタル盤としてお勧めしておきたいと思います。

シュヴァルベ盤の録音が行われた70年にはまだホープは生まれていなかったことになりますが、確かにこの30数年間における録音技術の進歩として、ホープ盤はシュヴァルベ盤に比べれば、ヴァイオリン、ピアノともども随分と細部の質感がリアルに聴こえるようになってきています。でもこの30年間の技術的進歩とは、この程度のものだったのか、と感じられるのも正直なところです。近年30年間というのは、アナログからデジタルへという変化はあったものの、録音技術そのものはすでに頂点に達していて、大きな進歩は見られなかったのではないかと思えるところがあります。

録音技術はあまり進化しなかった一方で、未だザッハリッヒカイトを引きずっていたシュヴァルベ時代から見ると、この30年数年の間に演奏法は、より自由なホープへと大きく変わりました。一見、現代の演奏は戦前に戻ったかと思われるほど、ロマンチックと言っていいほどの濃厚な表情を再びつけるようになってきています。

録音技術の進化という物理的な変化よりも、演奏法の時代による変化という人間的な変化の方が、本来ならより長い時間がかかるような気がするのですが。


D.hope(Vn)East Meets West
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Michel Schwalbe/ヴァイオリン小品集 - ラヴェル: 「ツイガーヌ」; バルトーク: 「ルーマニア民族舞曲」, 他<タワーレコード限定> [QIAG-50081]



N響アワーのヤナーチェク シンフォニエッタ [クラシックCD]

NHKのEテレN響アワーで放映されたラドミル・エリシュカ指揮のN響によるヤナーチェクのシンフォニエッタをハードディスクに録画してからそのままほったらかしにして随分経ちましたが、今になって、やっとチェックしました。

エリシュカは初めて耳にする指揮者ですが、N響というニュートラルなオケから、じっくりと滋味のあるヤナーチェクを引き出していました。

ヤナーチェクのシンフォニエッタは村上春樹の小説「1Q84」で取り上げられたことで一躍有名になった曲です。通常の二管編成のオーケストラに別働隊の13人によるブラスバンドが加わるという特殊な編成を採用しています。ブラスバンドが加わることからもわかるように、当初は国民的体育祭で演奏される野外音楽として計画されたようです。

先のブログで私はオーディオビジュアルが苦手で、できるだけ音声だけで楽しみたいと書きましたが、この放送も録画後にチェックしたのは随分後になってからになりました。この曲の特殊な編成を確認したく、好奇心も手伝って、やっと見てみることにしました。

別働隊の13人のブラスバンドはトランペット9人、バストランペット2人、テナーチューバ2人という陣容で、オーケストラの後方に横一列にずらりと並んだ様は壮観です。

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この曲は作曲者自身により当初各楽章に標題がつけられていて、第4楽章は「街頭にて」というタイトルになっています。この楽章ではホルンのゲシュトップ奏法や弱音器を付けたトランペットがクラクションのような効果を聴かせ、鐘も加わりますが、これは街中の路面電車の警笛なのでしょうか。

スコアには鐘としか書かれていないので、ここは指揮者によりチューブラーベルにするか、グロッケンシュピールにするか、見解が分かれるようです。私がこの曲を初めて聴いたのは村上春樹の小説でも引用されているというセル~クリーヴランド盤だったので、そこで使われているチューブラーベルで聴き慣れてしまい、グロッケンでやられると違和感を覚えていました。

ヤナーチェク直系の孫弟子に当たるという指揮者のエリシュカ氏によると、ここは自筆譜には鐘ではなく小鐘と記されているので、作曲者自身はグロッケンを意図していたようです。

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ここは街中の警笛ととらえれば、確かにグロッケンの方がふさわしいかもしれません。エリシュカ氏の説得力のある説と実際の演奏に接したおかげで、どうやらこの楽章のグロッケンアレルギーがなくなりました。

久しぶりに映像でのコンサートを楽しんだ後、やはりCDでこの曲を聴いてみたくなり昔懐かしいセル~クリーヴランド盤を取り出して聴いてみました。


バルトーク:オーケストラのための協奏曲/ヤナーチェク:シンフォニエッタ

バルトーク:オーケストラのための協奏曲/ヤナーチェク:シンフォニエッタ

  • アーティスト: セル(ジョージ),ヤナーチェク,バルトーク,クリーヴランド管弦楽団
  • 出版社/メーカー: SMJ
  • 発売日: 2012/12/05
  • メディア: CD


ヤナーチェクの音楽にはチェコ独特のシュールな文化の背景を感じさせところがありますが、ブラスバンドを組み込んだ野外音楽としての性格の強いこの曲にも、その外交的で陽気な外面とは裏腹に、一筋縄ではいかないシュールな匂いがたっぷりと盛り込まれています。セル~クリーヴランドの民族色を排したクールな演奏は、そうしたシュールな趣を却ってリアルに浮き彫りにしています。

十分バランスの良好な好録音ながら、今となっては伸びない詰まり気味のストリングスの音などにさすがに録音年代の古さを感じさせるようになりました。喨喨と鳴り渡るブラスバンドの音は、アメリカならではのブラバンの底力を聴かせ、サウンドとしても今聴いても十分魅力的です。

次にヤナーチェク指揮者として定評の高いマッケラスがウィーンフィルを指揮した盤を聴いてみました。マッケラスはヤナーチェクの意思を尊重してか、第4楽章の鐘はグロッケン使用なので、そこだけはマイナス評価をしていた演奏です。


ヤナーチェク:シンフォニエッタ

ヤナーチェク:シンフォニエッタ

  • アーティスト: ヤナーチェク,マッケラス(サー・チャールズ),ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
  • 出版社/メーカー: ユニバーサル ミュージック クラシック
  • 発売日: 2008/05/21
  • メディア: CD


全体としてはウィーンフィルの蒼古な音色を生かした味わいの濃い演奏になっています。現在のウィーンフィルは指揮者によっては随分モダンな音を出すようになりましたが、マッケラスはここではウィーンフィル伝統の響きをじっくりと拾い出しています。東欧の血も混じっているウィーンフィルの音色がチェコのローカルな味わいに見事に結びついていて、ヤナーチェクを得意とする指揮者の面目躍如です。

古いメカニックが残っているといわれるウィーンフィル伝統のブラスの音も独特です。このブラスの音を含めてまさにセル盤とは全てが対照的な演奏です。セル盤はそのモダンな響きのクールな演奏がシュールな匂いにつながっていたのに、ここではそのローカルな響きが逆にチェコ独特のシュールな匂いを強く漂わせる結果になっています。

エリシュカ~N響の演奏を聴いたおかげでマッケラス盤のグロッケンもオーケーになったので、当面、この演奏が私にはこの曲の代表盤になりそうです。

残念ながら、この盤は現在廃盤になってしまったようです。現在は輸入盤のヤナーチェク管弦楽曲集の2枚組で求められるようです。輸入盤なので、2枚で国内盤1枚のお値段です。




Sinfonietta/Tarus Bulba/Mladi

Sinfonietta/Tarus Bulba/Mladi

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Decca
  • 発売日: 1997/10/14
  • メディア: CD




バルトーク:管弦楽のための協奏曲、ヤナーチェク:シンフォニエッタ セル&クリーヴランド管弦楽団
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シンフォニエッタ、タラス・ブーリバ マッケラス&ウィーン・フィル
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管弦楽作品集(シンフォニエッタ、タラス・ブーリバ、ほか) マッケラス&ウィーン・フィル、ほか(2CD)
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レオンハルトのバード 鍵盤のための作品集 [クラシックCD]

先日敬愛するレオンハルトの訃報に接したばかりですが、レオンハルトが晩年にアルファに録音した「バード鍵盤のための作品集」の一枚を新たに購入して聴きました。私にとっては、この盤が本当の意味でのレオンハルトの追悼盤になりました。

英国エリザベス朝のルネサンス音楽の巨匠バードの作品は宗教的な合唱曲が代表作になるのでしょうが、その鍵盤音楽もまた独自の美しさがあります。エリザベス朝時代の鍵盤曲はどれもが、権謀作術が跋扈した当時の宮廷における複雑な人間関係の機微と哀感を反映しているかのように聴こえますが、バードの作品はことさらにその哀感が深く感じられます。

レオンハルトのバードの鍵盤作品は以前にも「ヴァージナル音楽の巨匠達」(DHM)と「エリザベス朝時代のヴァージナル音楽」(フィリップス)という二枚のCDで聴くことができましたが、これら2枚は共に廃盤のようです。これら2枚の中にはバードの作品はそれぞれ数曲ずつしか収められていなかったので、レオンハルトによるバードだけの鍵盤曲の一枚が切望されました。このアルファ盤はその待望の一枚です。


Gustav Leonhardt Plays

Gustav Leonhardt Plays

  • アーティスト: William Byrd,Gustav Leonhardt
  • 出版社/メーカー: Alpha Productions
  • 発売日: 2007/09/04
  • メディア: CD


一聴、ここでのロデヴェイク・テーヴェスモデルのチェンバロの古雅な音色に耳が釘付けになりました。このレプリカモデルは、チェンバロにポジティブオルガンを合体させたクラヴィオルガヌムとして残されていた歴史的楽器からチェンバロ部だけを独立させて作られたそうです。

この時代だけで廃れてしまったというスピネット型のヴァージナルの音は、復元楽器による録音で聴くことができますが、この録音に使われたチェンバロの少し太めのくすんだ音色は、通常のチェンバロ以上にヴァージナルに近い響きが感じられます。このくすんだ響きを、教会のアコースティックの中に捕らえたアルファの録音も見事です。

バードの作品は鍵盤曲だけでも100曲以上あり、曲を特定しにくいところがありますが、この盤の解説書に付された作品番号は、いわゆるMB(Musica Britanica)ナンバーになるのでしょうか。ここには3組のパヴァーヌとガイヤルドのペアをメインに、他にファンタジアや変奏曲、舞曲が収録されています。私にとってはほとんどが初めて聴く曲ばかりですが、どの曲もバード特有の情感が心に沁み込んでくるいい曲ばかりです。

レオンハルト独特の揺れるようなイネガル奏法によるバードの鍵盤音楽の演奏に耳を傾けていると、静かに悠久の時間が流れていくのが感じられます。それはもう他には何もいらないと思えるほどの満ち足りた気分に誘ってくれます。

Harpsichord Works: Leonhardt
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ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番の聴き比べ [クラシックCD]

先のブログでラフマニノフの第2ピアノ協奏曲の聴き比べについて書きましたが、今日は第3協奏曲を聴き比べてみました。

4曲残されたラフマニノフのピアノ協奏曲では第2番が最もポピュラーで、実際よく書けた作品であると思われます。第4番はあまり演奏されない作品ですが、ラフマニノフの総決算がコンパクトにまとめられているという意味で、これまたいい作品だと思います。最後に知った若書きの第1番も、ラフマニノフ特有の嘆き節がすでに聴かれる魅力的な作品でした。

そこへいくと第3番はテクニックを誇示する書法が目立ち過ぎて、その分曲想の美しさが後退して聴こえるのと、全曲が45分もかかるという冗長さも気になります。その饒舌さこそがラフマニフならではの魅力でもあり、その冗長な美しさに惹かれつつも、個人的にはこの曲の本当のよさがまだわからないというのも正直なところです。

昔は第2番の方が圧倒的に録音が多かったのですが、ピアニストとしては自分のテクニックの試金石としてこの曲を弾きたいらしく、近年ではコンサートやレコーディングで取り上げられる数は第3協奏曲の方が多くなってしまいました。3番はレパートリーに入れていても2番は弾かないというピアニストは結構います。私も手持ちのCDを調べてみたら、いつの間にか第2協奏曲をはるかに上回る12種ほどの盤が集まっていました。

この曲の第一楽章にはオリジナルの小カデンツァと、オッシアと呼ばれる難しい方の大カデンツァの二種のカデンツァが作曲者自身により用意されています。オッシアはオリジナルよりも派手で効果的なので、近年の録音ではほとんどのピアニストがオッシアの方を弾いています。作曲者自身は自作の録音でオリジナルの小カデンツァを弾いており、この曲を世に広めたホロヴィッツも、作曲者に倣って生涯小カデンツァを弾いていました。

オッシアというのは通常はオリジナルに代えて用意される、より簡易に書かれたヴァージョンのことらしいのですが、ここではオッシアの方が複雑に書かれています。ただし両者が異なるのは前半3分の1までで、後半3分の2は同じです。異なる部分の小節数(演奏時間)もオッシアの方がわずかに多い(長い)だけです。

さて、12種の中からめぼしいものをピックアップして比較視聴してみました。ヴァーシャリとクライバーン以外のピアニストは皆、第2番のレコーディングは行っていません。また、この中で小カデンツァ採用はホロヴィッツだけです。


ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番&ピアノ・ソナタ第2番

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番&ピアノ・ソナタ第2番

  • アーティスト: ホロヴィッツ(ウラディミール),ラフマニノフ,オーマンディ(ユージン),ニューヨーク・フィルハーモニック
  • 出版社/メーカー: BMG JAPAN
  • 発売日: 2007/11/07
  • メディア: CD


●ホロヴィッツ~オーマンディ
まず、この曲を世に広めたホロヴィッツから聴いてみました。ホロヴィッツはモノのライナー伴奏の盤が歴史的演奏として高く評価されていますが、ステレオではオーマンディ伴奏のライヴが残されました。

今聴くと、他のピアニストに比べ、ホロヴィッツ独特のトリッキーに聴こえるタッチが随分個性的です。ちょうどホロヴィッツとほぼ同時期に活躍したヴァイオリニスト、ハイフェッツのヴァイオリンとの類似性を感じさせます。アゴーギグもかなり自由に動かしています。試しにモノの旧盤を取り出して聴いてみましたが、さすがに、最盛期のホロヴィッツはテクニックもより完璧で、弾き崩しも少ないようです。

この録音は78年録音ですが、ライヴなので致し方ないとはいえ、ピアノがカセットデッキで録音されたのかと思えるような詰まり気味の音質です。それでも、ホロヴィッツという稀代の個性的なピアニストによるこの曲がステレオで残されたということだけでも幸せというべきでしょう。


Piano Concertos Nos 2 & 3

Piano Concertos Nos 2 & 3

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Dg Imports
  • 発売日: 2008/09/23
  • メディア: CD


●ヴァーシャリ~アーロノヴィチ
熱い思い入れを込めながらもスッキリと弾ききった、これはいい演奏です。カデンツァは大カデンツァを使用しています。ヴァーシャリはラフマニノフとショパンを得意とすることからも、レパートリーと世代がほぼアシュケナージに重なりますが、巷間の評価はアシュケナージの方が圧倒的に高いようです。個人的には、アシュケナージよりももう少し表現がシャープで無駄のないヴァーシャリの方に与したいのですが。

アーロノヴィチの伴奏も立派で、77年録音ながら、ピアノ、オケともども、今もって優秀な音がしています。


ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番

  • アーティスト: プレトニョフ(ミハイル),ラフマニノフ,プロコフィエフ,ロストロポーヴィチ(ムスティスラフ),ロシア・ナショナル管弦楽団
  • 出版社/メーカー: ユニバーサル ミュージック クラシック
  • 発売日: 2003/03/26
  • メディア: CD


●プレトニョフ~ロストロポーヴィチ
プレトニョフらしいクールで余分な思い入れの混じらない演奏です。一見、スッキリし過ぎていて物足りないようにも聴こえますが、よく聴きこめば、プレトニョフ流に独自に読み直されたラフマニノフ像が見えてきます。一糸乱れない大カデンツァの超絶技巧も見事です。

03年というこの時期のDGの録音はどこか樹脂質の人工的なキャラクターがあって、それがプレトニョフのピアノの音を実際以上に平面的に聴こえさせているのですが、耳が慣れてくると、プレトニョフらしい強靭なタッチも聴こえてくるようになりました。この録音のせいか、ロストロポーヴィチの伴奏もいつになくスッキリと聴こえます。

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●バルト~エッシェンバッハ
ツィモン・バルトはアメリカのピアニストで、EMIのこの盤はデビュー第二作となる89年の録音です。バルトークの2番という異色のカップリングですが、現在は廃盤のようです。エッシェンバッハ~ロンドンフィルも入念な伴奏をつけていて、私好みの少し遠目に捉えられたピアノとオケのバランスも良好な録音です。

正直、棚の中に眠っていて今回久しぶりに取り出して聴いてみたら、バルトが意外にいい演奏をしているのにびっくり。大カデンツァの凄いこと!!

バルトの演奏はヴァーシャリのようなしっとりとした情緒性はないのですが、プレトニョフのようなある意味でのコクのなさは感じられません。均一な音色のプレトニョフより、バルトのピアノのパレットの方が音色が豊富なせいでしょうか。

クールにバリバリと弾き進みながら、抒情的な部分では打って変って、意識過剰と思われるほどの息詰まるかのような静寂な音空間が出現します。それはバルトを高く評価するここでの共演指揮者エッシェンバッハの、指揮者に転向する前のピアノを思い出させるところがあります。また、ピアニストというよりキーボード奏者としての側面が印象づけられるところはファジル・サイとの共通性も感じられます。 

バルトはその後、さらに個性的なピアノを弾くようになったそうですが、近年新しいレコーディングがあまり見られなくなっているのが残念です。


ラフマニノフ:協奏曲第3番

ラフマニノフ:協奏曲第3番

  • アーティスト: クライバーン(バン),ラフマニノフ,プロコフィエフ,コンドラシン(キリル),ヘンドル(ワルター),シンフォニー・オブ・ジ・エア,シカゴ交響楽団
  • 出版社/メーカー: BMG JAPAN
  • 発売日: 2005/10/26
  • メディア: CD


●クライバーン~コンドラシン
最後に番外篇としてクライバーンを聴いてみました。クライバーンはラフマニノフを得意としたピアニストで第2番の録音もあります。この録音はチャイコフスキーコンクール優勝後の凱旋コンサートの58年のライヴ録音です。ホロヴィッツのライヴよりも20年も前の録音なのに、ピアノはこちらの方がかなりまともな音で収録されています。クライバーンは当時はまだ珍しかったという大カデンツァを逸早く採用しています。

個人的にはクライバーンは日頃は興味の惹かれるピアニストではないのですが、今回他のピアニストと比べて聴いてみると、他のピアニストにはない若き日のクライバーンの素直で清新な演奏の魅力をあらためて認識させられ、ここに取り上げてみました。

今のピアニストに比べれば、ライヴとはいえテクニックも万全とはいえません。にもかかわらず、この録音が半世紀以上もたった今でもSACD化されて残されている理由がわかるような気がしました。どんなにエキサイティングなパッセージでも、剥きにならない匂やかなリリシズムが立ち昇ってくるところに、クライバーンだけのラフマニノフの美しさが認められます。細部にこだわらない楽天性は期せずしてラフマニノフらしいグランドマナーに結びついています。現在のピアニストたちはもっと意識的に細部の表現に腐心するようになってきているので、こういうグランドマナーを聴かせるラフマニノフは今や貴重になってきました。

この盤を聴くと、半世紀前にはこういうラフマニノフを弾けたピアニストがいたのだという、演奏史の中の貴重な一頁に立ち会えた気がします。クライバーンはこの時点で持って生まれたその才能だけで完成されていたように聴こえます。そしてまた、永遠の青年としてのクライバーンがその後このまま成長が止まってしまったのも、なぜかわかるような気がします。


ピアノ協奏曲第3番、ピアノ・ソナタ第2番 ホロヴィッツ
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ピアノ協奏曲第2、3番 ヴァーシャリ(p)、アーノロヴィッチ&ロンドン交響楽団
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ピアノ協奏曲第3番 / 第3番 プレトニョフ(P)、ロストロポーヴィチ / ロシア・ナショナル管弦楽団
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Piano Concerto.3: Cliburn(P)Kondrashin +prokofiev: Concerto.3
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オイストラッフ ベートーヴェン ヴァイオリン協奏曲のSACD [クラシックCD]

オイストラッフのベートーヴェン ヴァイオリン協奏曲のSACDを聴きました。

私のような、その昔のクラシックファンの間では好きなヴァイオリニストがハイフェッツ派とオイスオトラッフ派にはっきりと二分されていました。シャープなハイフェッツに比べると、余りに楽天的に聴こえるオイストラッフは私の好みではなかったのですが、ある時ブラインドでオイストラッフのこの演奏を聴いて、ハイフェッツにはなないその嫋々とした歌い口の美しさにすっかり参ってしまいました。後で演奏者を確かめたらオイストラッフだったので、以後この人へのアレルギーが消えました。端麗なクリュイタンスの伴奏は、カラヤンをもう少しおとなしくしたような審美的な美しさに耳を惹きつけられます。

この演奏は永年LPで聴き親しんできましたが、その録音は、かなりクローズアップされた生々しくもねっとりと濃厚なオイストラッフのソロヴァイオリンの音と、背後に広がるすっきりとしたクリュイタンスのオケの音が絶妙にバランスした、アナログの良さ、ここに極まれりといった超優秀な好録音でした。

CD時代に入ると、新しいリマスターが行われる度に買い直していましたが、なぜか英国本国ではartリマスタリングが行われず、最後に聴いていたのは国内のHS-2088仕様のリマスタリング盤でした。このリマスターは、LPの音の良さがそのままCD化されたような、聴きやすい音質の良好なリマスターです。

続いて近年、ディスク素材に高音質素材を使ってリマスターもやり直したHQCD盤が登場しました。


【HQCD】ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲

【HQCD】ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: EMI MUSIC JAPAN(TO)(M)
  • 発売日: 2009/03/18
  • メディア: CD


このHQCDリマスターは、旧リマスターよりレンジも広がり情報量も増えていますが、個人的にはLPにより近い音質の旧リマスターの方に軍配を挙げたいところです。この前の年には同じジャケットでレギュラー仕様の盤が発売されていますが、そちらのリマスターは本盤と同じものか、旧HS-2088リマスターなのかは確認できませんでした。

この録音は元来がソロヴァイオリンの音が極端にクローズアップされて大きな音像で収録されているので、オケとのアンバランス感を感じさせる録音でした。けれどもオケはオケで十分広がりのある音で捉えられているので、アナログのLPで聴くと違和感は感じられませんでした。

ところがCD化により元来のマスターテープに収録されている音が明瞭になればなるほど、オケとソロとの本来のアンバランス感は明確に聴こえるようになってしまいました。その意味で、より解像度が劣る旧リマスターのCDの方が聴きやすかったのかもしれません。

このHQCDからほどなく、この度この録音が英国本国でDSDリマスタリングが行われSACD化されました。


ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲

ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲

  • アーティスト: クリュイタンス オイストラフ(ダヴィッド),ベートーヴェン,クリュイタンス(アンドレ),オイストラフ(ダヴィッド),フランス国立放送局管弦楽団
  • 出版社/メーカー: EMIミュージック・ジャパン
  • 発売日: 2012/02/15
  • メディア: CD


さて、結果やいかに? う~ん、結果は微妙です。

当然のことながらHS-2088よりもHQCDの方に近い音質バランスで、さらにレンジが広がり情報量が増えています。よりレンジの狭い旧リマスターやLPでは、再生音としてのレンジの狭さが録音本来のレンジの狭さとバランスされ、得も言われないアナログライクな美しい再生音を聴かせていました。ところがSACDではレンジが伸びた分、58年録音という年代の古さ故の、録音本来の高域の伸びの不足が露わになってしまいました。ソロとオケとのアンバランス感もそのまま強調されて聴こえます。

同じEMIによるSACD化でも、ほぼ同時期のこのシリーズの他の録音や、よりレンジの狭いフルトヴェングラーのモノラル録音では、もはや旧リマスターやLPには立ち戻らなくてもいいと思えるほどの、驚くような改善効果の高さを聴かせてくれていました。ところがこのSACDでは、旧リマスターやLPの音が懐かしく思い出されてしまいます。これは我が家の再生装置とこのオリジナルの録音の音質との相性の問題かもしれません。

この事実から、逆に改めてSACDの可能性を思い知らされました。このSACDのように録音本来の特性が露わになるというのも、それだけSACDの改善効果が高いということです。たとえそれが我が家の再生装置との相性がうまくいかない結果になったとしても、それは決してSACDそのものの能力が低いということではありません。

この録音のLPを聴いたことはなく、このSACDで初めて聴かれた方は、その艶やかなオイストラッフのソロヴァイオリンの音質と、背後に広がる瑞々しいクリュイタンスが指揮するオケの音に、これが58年録音かとびっくりされるかもしれません。私もこのSACDの生々しい再生音には、旧リマスターやLPからは聴けなかった新たな魅力を感じています。それでも、あのねっとりしたアナログLPに聴くオイストラッフのソロヴァイオリンの絶妙な音の麻薬的な魅力はSACDからは聴けないのは残念です。

ヴァイオリン協奏曲 オイストラフ、クリュイタンス&フランス国立放送管(HQCD)
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ヴァイオリン協奏曲 オイストラフ、クリュイタンス&フランス国立放送管弦楽団
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ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番の聴き比べ [クラシックCD]

先だって聴いたEMIの名盤SACDサンプラーの中にワイセンベルクがカラヤン指揮の伴奏で弾いたラフマニノフ第2ピアノ協奏曲の第1楽章が入っていました。ワイセンベルクのこの曲の全曲盤は残念ながら手持ちがありませんが、久しぶりにこの曲を他のピアニストで聴いてみたくなり、手持ちのCDから第1楽章だけで比較視聴してみました。


チャイコフスキー&ラフマニノフ:ピアノ協奏曲、他

チャイコフスキー&ラフマニノフ:ピアノ協奏曲、他

  • アーティスト: リヒテル(スヴャトスラフ),ラフマニノフ,チャイコフスキー,ヴィスロツキ(スタニスラフ),カラヤン(ヘルベルト・フォン),ワルシャワ・フィルハーモニー管弦楽団,ウィーン交響楽団
  • 出版社/メーカー: ユニバーサル ミュージック クラシック
  • 発売日: 2009/10/21
  • メディア: CD


●リヒテル
言わずと知れた、この曲の決定盤として名高い演奏。今となってはいかんせん59年録音の音の古さは否めません。特にオケはつらいものがありますが、DGのオリジナルスのリマスターは、古いなりに良好なバランスで聴かせてくれます。

久しぶりに聴くリヒテルは、表情の隈取も深く、現役ピアニストとは別格の風格の高さが感じられます。この盤は単なる歴史的遺産としてではなく、この演奏を聴くために、時々取り出して聴いてみたいと思わせる演奏です。


Piano Concerto No 1 / Piano Concerto No 2 (Hybr)

Piano Concerto No 1 / Piano Concerto No 2 (Hybr)

  • アーティスト: Pyotr Il'yich Tchaikovsky,Sergey Rachmaninov,Fritz Reiner,Kyrill Kondrashin,RCA Symphony Orchestra,Van Cliburn
  • 出版社/メーカー: RCA
  • 発売日: 2004/09/28
  • メディア: CD


●クライバーン
これはRCAの62年のリヴィングステレオ録音のSACD盤です。当時の名録音も今聴くと、時代相応に随分大ざっぱに聴こえます。特に低音部の解像度は低く、オケのティンパニや大太鼓はあまり聴こえません。

クライバーンは意識的には何もしていないのに、その全てがラフマニノフらしく聴こえます。クライバーンという天から与えられた資質そのものが得難い才能であったことがわかります。ただクライバーンは、その本来の資質のままで成長が止まってしまったので、後年大成できなかった理由もわかるような気がします。

クライバーンはまさに60年代の黄金時代時代のアメリカが求めた豪華さと空虚さ(そこがまたいい!?)が衣を着たようなピアニストであったことがわかります。この演奏を今聴くと、録音も含めて、60年代のハリウッド映画を見ているかのような懐かしさを覚えます。


Rachmaninov: Piano Concertos 2 & 3 / Ashkenazy, Kondrashin

Rachmaninov: Piano Concertos 2 & 3 / Ashkenazy, Kondrashin

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Decca
  • 発売日: 1999/09/14
  • メディア: CD


●アシュケナージ
これも63年の古い録音でアシュケナージの再録前の旧録です。その後ヴルトゥオーゾから指揮者へと転身したアシュケナージには、個人的には正直、優等生すぎてあまり興味が湧かないのですが、若き日のアシュケナージは、耽美的なきれいな音を出すピアニストとしての魅力がありました。ピアニストとしては小柄なアシュケナージは、作曲者が許したように、冒頭の鐘の和音をアルペジョを入れて弾いています。

若き日のアシュケナージによるこの録音では、その耽美的な美音が他盤に対しても独自の魅力を聴かせてくれているといってよいでしょう。デッカのレジェンド仕様のリマスタリングに聴く音は、ほぼ同時期の前二者をはるかにしのぐ優秀な音がしています。


Piano Concertos Nos 2 & 3

Piano Concertos Nos 2 & 3

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Dg Imports
  • 発売日: 2008/09/23
  • メディア: CD


●ヴァーシャリ
少し新しくなって76年録音のヴァーシャリ盤です。この曲のオーケストレーションは分厚過ぎてソロをマスクしてしまうとも言われていますが、それでも細部は巧緻に書かれていて、録音もこの頃になると、その細部がやっと聴き取れるようになりました。LPで聴いていた時は、この曲のオーケストレーションがこんなに手の込んだものであるということに気づきませんでしたが、それをCDになって初めて教えてくれた、これは私にとって記念すべき盤です。

ヴァーシャリも現在では指揮者に転向し、すでに往年のピアニストになってしまいましたが、ここでのピアノはテクニックの冴えと表情の美しさで、今聴いても一級品のラフマニノフの演奏足りえています。熱い思い入れを聴かせるアーロノヴィチ~ロンドン響もいい伴奏をつけています。


ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番&第3番

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番&第3番

  • アーティスト: ジルベルシュテイン(リーリャ),ラフマニノフ,アバド(クラウディオ),ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
  • 出版社/メーカー: ユニバーサル ミュージック クラシック
  • 発売日: 2008/01/23
  • メディア: CD


●ジルベルシュタイン
94年のデジタル録音ですが、新しい女流ピアニストを聴いてみたいという好奇心と、珍しいモノクロのジャケットの美しさに惹かれて、CDショップで衝動買いした一枚です。

演奏は私にはダメでした。何もひっかかってきません。アバド~ベルリンフィルの伴奏も心なしか、あまり気合が入っていないように聴こえます。こういうテクニックのある若手のピアニストは、コンクールに優勝して、レコーディングへとの道を歩むのでしょう。私にとって演奏がつまらないのはあくまで個人的な理由で、決してジルベルシュタインの責任ではないのですが。この盤は録音もよく、ある意味では指揮も含めて理想的な客観的再現が達成された演奏としての存在価値はありそうです。


ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番&第4番

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番&第4番

  • アーティスト: ルガンスキー(ニコライ),ラフマニノフ,オラモ(サカリ),バーミンガム市交響楽団
  • 出版社/メーカー: ワーナーミュージック・ジャパン
  • 発売日: 2005/05/25
  • メディア: CD


●ルガンスキー
ルガンスキーもチャイコフスキーコンクールの優勝経験を持つピアニストです。この曲の演奏でも、驚異的なテクニックの切れがよくわかります。その抜群のテクニックに加えて、過不足のない表現力にも不満はありません。いうなれば、ヴァ―シャリの演奏をさらに新しく高性能にパワーアップさせたかのようなピアノを聴かせてくれます。これだけ弾ければ、ないものねだりで、さらなる個性的な表現を求めたくなってしまうのですが。

サカリ・オラモ~バーミンガム市響も表情の濃い、いい伴奏をつけていて、05年の最新録音にふさわしい優秀録音でバックのオケの威力が十分堪能できます。

●ワイセンベルク
さて、最後にもう一度、番外としてワイセンベルクのSACDサンプラーにある演奏を聴いてみました。これは72年録音ですが、60年代に多かった近接マイクの録音で、それだけにSACDでは近接感が生々しく再現されます。

ワイセンベルクは想像以上に厳格なピアノで、カラヤンに愛された理由に納得できます。こうして聴き比べてみると、カラヤン~ベルリンフィルのバックは、やはり凄い!! 私はこの指揮者が苦手なのですが、ラフマニノフのオケをここまで効果的に鳴らせるとは!!  でも、まあ私はこの全曲盤を購入することはないでしょうが。

チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番、ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番 リヒテル(p)カラヤン&ウィーン響、ヴィスロツキ&ワルシャワ国立フィル
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クライバーン/チャイコフスキー&ラフマニノフ:ピアノ協奏曲(ハイブリッドSACD)
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ピアノ協奏曲第2番(コンドラシン&モスクワ・フィル)、第3番(フィストラーリ&LSO) アシュケナージ(p)
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ピアノ協奏曲第2、3番 ヴァーシャリ(p)、アーノロヴィッチ&ロンドン交響楽団
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ピアノ協奏曲第2番、第3番 ジルベルシテイン(p)アバド&ベルリン・フィル
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ピアノ協奏曲第2番、第4番 ルガンスキー(p)オラモ&バーミンガム市交響楽団
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オーディオビジュアルの楽しみとは? [クラシックCD]

家庭でクラシック音楽を楽しんでいる人たちの中には、映像付のオーディオビジュアル(AV)で楽しんでおられる方も多いと思います。

私の場合はLPからCDへと永年音声だけのオーディオを聴いてきたせいか、未だにオーディビジュアルにはあまり興味が惹かれません。地デジ化に際しては、液晶テレビと共にBDレコーダーを購入し、購入当初は物珍しさもありNHK・BSのクラシック番組をせっせと録画していました。ところが今やBSで見ているクラシック番組はコンサートの中継ではなく、「名曲探偵」くらいです。この番組は従来聴いてきた音楽に、実はこんな仕掛けがしてあったのかと教えられる場面が多々あります。

下の映像は「名曲探偵」のマーラー第5交響曲篇からの1カットです。

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その昔、フルトヴェングラーが指揮するモーツァルト「ドン・ジョヴァンニ」のオペラ映画をわざわざ劇場に見に行ったことがあります。先だって何とこの映画がNHK・BSで放映されました。この信じられない幸運に早速、録画したのですが、もう1年ぐらい経つのに、未だに見ていません。さすがにまだHDからは消していませんが、もしこの映画をどうしても家で見たかったら、とっくにこの映画のDVDを購入していたはずです。

フルトヴェングラーの「ドン・ジョヴァンニ」はDVD映画のほか、ほとんど同じキャストによる公演ライヴのCDも市販されているはずです。ところが、いつの間にか気が付いてみたら、音楽映画や映像を含めて公演ライヴにはすっかり興味が薄くなってしまっていたようです。今では家で「ドン・ジョヴァンニ」を聴くのなら、フルトヴェングラーのDVD映画や公演ライヴのCDではなく、他の指揮者であるにせよ、より録音条件のよいセッション録音のCDで楽しみたいというのが正直なところです。

なぜ映像なしの音声だけのメディアに固執するのかといえば、その理由は単純に、CDなどの音声だけのメディアの方が、自分が聴きたい好みの演奏を選んで聴けるからです。一生の間、どのくらいの時間を音楽に接していられるのかわかりませんが、私だったら、限られた時間をせめて好きな演奏の音楽を聴いて過ごしていたいと思います。

もちろん、テレビで中継される演奏はそのアーチストが好きか嫌いかの好みは別にしても、まだ聴いたことのない演奏を新たに聴けるというメリットは大きなものがあると思います。LPが思うように買えなかった学生時代は、私もテレビで中継されるコンサート番組には随分と心をときめかされたものです。FM放送と共にテレビ中継は、新しいアーチストの演奏やまだ聴いたことのない曲を知るのに役立ちました。また、全曲が見られるオペラやバレエのテレビ中継は、その後LPやCDで音声だけで全曲を聴く際に随分役に立ちました。

ところが今ではまだ聴いたことのない新しいアーチストの演奏でも、FM放送やテレビのコンサート中継ではなく、たとえそれが期待外れの結果に終わる場合もあるにせよ、CDを購入して確認しています。昔に比べれば、何という贅沢!?

私の知人のクラシックファンに家庭で聴くのはAVがメインという人がいます。その方のお宅で映像と共にAVを体験させてもらったことがあります。この体験でわかったのは、映像付の再生に慣れてしまうと、映像のない音声だけの再生というものが、いかに味気ないものに感じられるのかということです。もちろん、AV、CD共に楽しんでいるクラシックファンの方も大勢いらっしゃると思いますが。

かくいう私も、リスニングルームを書斎代わりにして仕事をしている関係もあり、音声だけのCDによるオーディオは結構仕事中にBGMにして聴いたりすることもあります。けれども、スピーカーに向かい合って聴く時も、やはり音声だけでいいという思いは変わりません。映像付の音楽を楽しむのは、リスニングルームではなくリビングルームのテレビで十分という習慣が身についてしまっているのかもしれません。

もちろん、大型の液晶テレビやプロジェクターで映し出される映像をリスニングルームでオーディオ装置の音声と共に見て聴いて味わうという楽しみを否定するつもりは毛頭ありません。

今、リスニングルームではマルチチャンネルのオーディオを楽しみたいという気持ちが高まっています。でも、その場合も映像なしのマルチチャンネル・ピュアオーディオになりそうです。それが実現した暁には、案外早くオーディオビジュアルに移行するかもしれないのですが。

EMI名盤SACDシリーズのサンプラー [クラシックCD]

EMI名盤SACDシリーズは何回か取り上げていますが、そのサンプラー「交響曲・管弦楽曲・協奏曲編」が出たので聴いてみました。

今回プレーヤー側の不手際でそれとわからずにハイブリッドのCD層の方で聴いていました。「おやっ~、これでSACDなの?」と思いつつ確かめてみたら、やはりCD層の方でした。先入観なしに聴けたお陰で、SACD層に対するCD層本来の実力が却ってわかったような気がします。やはりCD層の音質はSACD層に比べると、高弦の音が録音年代相応に乾いて聴こえます。そのあとでSACDに切り替えてみると、確実に高弦が随分滑らかに聴こえるようになることが確認できました。

もちろん以前ブログに書いた通り、CD層だけでレギュラーCDのリマスタリングと本CDのDSDリマスタリングを比べると、DSDリマスタリングによる改善効果の高さは明らかです。それでも DSDリマスタリングをもってしても、こうした往年の録音では、SACD層に比べるとCD層での高弦の伸びの不足が目立つことがわかりました。


EMIクラシックスSACD名盤シリーズ ベスト・サンプラー 第1集(交響曲 管弦楽曲 協奏曲編)

EMIクラシックスSACD名盤シリーズ ベスト・サンプラー 第1集(交響曲 管弦楽曲 協奏曲編)

  • アーティスト: ミュンシュ(シャルル),クレンペラー(オットー),テンシュテット(クラウス),パリ管弦楽団,フィルハーモニア管弦楽団,ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団,ロンドン交響楽団,ワイセンベルク(アレクシス),デュ・プレ(ジャクリーヌ)
  • 出版社/メーカー: EMIミュージック・ジャパン
  • 発売日: 2012/01/18
  • メディア: CD


このサンプラーの収録曲の中で実際に購入したのはミュンシュの幻想交響曲だけだったので、その他の演奏が聴けるということでも、このサンプラーは参考になりました。

全8曲は各々、楽章は全て収録。ミュンシュの幻想は第4楽章を収録。協奏曲はワイセンベルクのラフマニノフの2番、デュプレのエルガー(共に第一楽章)のみ。クレンペラーが指揮する演奏はメンデルスゾーンの「フィンガルの洞窟」と「イタリア」交響曲の第一楽章、そしてマーラー「大地の歌」第一楽章と3曲も収録されています。全部でわずか8曲しかないのに、そのうちクレンペラーのメンデルスゾーンが2曲も入っているという選曲は一考の余地がありそうです。このサンプラーでは他に器楽~声楽曲編が発売の予定になっていますが、わずか8曲だけのこの選曲だと、交響曲~協奏曲編の第2集が欲しくなってしまいます。

録音の良しあしは録音年代が忠実に反映されていて、72年のプレヴィン「くるみ割り」の花のワルツ、78年のテンシュテット、マーラー5番のアダージェットは、ここに収録されている他の60年代録音より格段に近年の録音バランスに近づいているのが、こうして同じ土俵で比較してみるとよくわかります。ラフマニノフの2番協奏曲は72年録音ですが、60年代に多かったステージ眼前の近接した収録バランスの録音ですが、SACDでは、それだけに近接感が生々しく再現されます。

このように、ここに収録されている往年のステレオ録音は、その全てが最新デジタル録音のようなバランス感覚で収録されているわけではありませんが、それはそれで、それぞれのアコースティックにはやはりCDでは聴けない生々しさを聴くことができます。

CDでは古さのデメリットだけがクローズアップされる録音の場合でも、SACDではLPの場合同様に、古いなりにその録音の良さをわからせてくれる場合があるのは、CDにはない生々しさ故かもしれません。もちろん、その逆でCDではそれほど目立たなかった古さがSACDではクローズアップされてしまうというケースもあるのですが、ここに収録されている本シリーズのSACDへのリマスタリングは前者の良い方の例になります。

かといってSACDの音が、CDでは聴けなかったアナログLPの音に近づいたわけでは決してありません。SACDの音はLPとは全くの別物です。SACDの音は多分、アナログ録音のマスターテープにはLPよりも近い音かもしれません。でも、それは昔聴いたオープンリールテープデッキの再生音とも、また違うものなのですが。

SACDの音は再生方式としてはCDと大差ないので、当初はCDの上級バージョンと認識していました。確かにそういう一面もありますが、CDでは聴けなかったマスターテープに入っていたアナログ録音の情報量が、ここまで生々しく再生されるようになったということでは、やはり凄い実力があるメディアであることに、最近やっと気づくようになりました。

CDと比べあまり大きな改善効果はないのではないかと、最近ではほとんど取り出すことのなくなってしまっていたRCAのリヴィングステレオシリーズのSACDですが、この機会にもう一度取り出して聴き直してみようと思っています。


EMIクラシックス名盤SACDシリーズ ベスト・サンプラー第1集(交響曲 管弦楽曲 協奏曲編)
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タグ:EMI名盤SACD

プレトニョフ チャイコフスキー交響曲第4番のSACD [クラシックCD]

プレトニョフ~ロシア・ナショナル管によるチャイコフスキー交響曲第4番のペンタトーンのSACDを聴きました。プレトニョフ~ロシア・ナショナル管としてはDGに次ぐ再録です。

私にとってのSACDは、SACDになった往年のアナログ名録音をCDよりもより良い音質で楽しむためのメディアという役割が大きいので、最新デジタル録音のSACDを聴くのは久しぶりの体験になります。

ペンタトーンはオランダのSACD専門メーカーで、ストコフスキーやグリュミオーなどの本家フォノグラムではCD化されていない録音をSACDにしてくれたことでお世話になったことがありました。ペンタトーンは、プレトニョフのチャイコフスキー交響曲プロジェクトのような新録音も積極的に行っているようです。これはそのシリーズ中の一枚です。

あまり聴いてこなかった最新録音のSACDですが、やはりさすがにCDよりもホールトーンを含めたオーケストラの臨場感が生々しく再生されるのに納得がいきました。プレトニョフが指揮するロシア・ナショナル管は対抗配置を取っていますが、ここでは優秀な録音によりその効果も良くわかります。ガラス細工のような透明感のある録音のキャラクターも、プレトニョフらしい分析的なオケの細部の鳴らし分けにはまさにふさわしいものです。

交響曲第4番、『ロメオとジュリエット』 プレトニョフ&ロシア・ナショナル管弦楽団(2010)
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Symphony No. 4/Romeo & Juliet

Symphony No. 4/Romeo & Juliet

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Pentatone
  • 発売日: 2011/02/22
  • メディア: CD


チャイコフスキーの4番のシンフォニーは、フィナーレ冒頭の第一主題で、このテーマを一段落させる3つの8分音符がシンバルと太鼓の連打で締め括られます。ここはシンバルと太鼓の音は聴き分けられるのですが、テンポが速いせいもあり、多くの録音で、その太鼓の音がティンパニなのか大太鼓なのか判然としません。

ところがたまたまこの曲のNHKのTV中継の映像を見ていたら、何とこの箇所でティンパニと大太鼓が打ち分けられている様子が音声でもわかりました。もちろん、TVでは映像の助けもあるのでしょうが、我が家のメインオーディオ用の重い低音のタンノイのスピーカーではわからなかった低音の動きが、案外TV内蔵の小さなスピーカーの軽めの低音でわかったというのは皮肉なことです。同じくNHKのTV中継でラヴェルのピアノ協奏曲が放映された際も、フィナーレ終結の和音でピアノの左手の低音に大太鼓が重なる効果がTV内蔵スピーカーではよく確認できましたが、ここもタンノイではあまりはっきり聴こえません。TV内蔵のような小口径のスピーカーでは最低域が出にくいので、その上の低音部の解像度は明瞭になるのかもしれません。

チャイコフスキーのフィナーレのティンパニと大太鼓の打ち分けはTVで見て気づき、逆に後からスコアで確認してみました。するとチャイコフスキーの書法は想像以上に手が込んでいて、3つの8分音符が1.シンバル、2.ティンパニ単独、3.ティンパニ+大太鼓という順に奏されるので、ちょっと音色旋律のような効果が聴かれます。この第一主題は楽章中で何回か繰り返されますが、もちろん同じ楽器の組み合わせで演奏されます。ただし最後のコーダでこのテーマが再現される際には、そこにトライアングルも加わり、さらに打楽器の組み合わせの重ねが厚くなっています。

さて最新録音のプレトニョフ盤ではどうかといえば、大太鼓が重ねられると、ティンパニだけでは聴こえなかった大太鼓ならではの深い低音が見事に再生されます。一つ気づいたのは、どうやらティンパニと大太鼓が区別して聴こえるかどうかという録音上の問題は、単純にその録音で大太鼓らしい音がスピーカーから再生されるか否か、という問題のようです。誠に残念なことに、我が家のヤクザなタンノイのスピーカーでは、最新録音の場合でも大太鼓の存在感が聴こえないことがままあります。チャイコフスキーはティンパニだけではなく、せっかく大太鼓を加えているわけですから、我が家のヤクザなスピーカーでも、せめてこの録音ぐらいには他の録音でも大太鼓が聴こえて欲しいものですが。

ということで、録音では及第点を付けられる演奏でしたが、演奏の方は、やはり私としてはどうしてもムラヴィンスキーと比べてしまいます。プレトニョフは速めのムラヴィンスキーよりさらに速いテンポでサラサラと進みますが、さすがにフィナーレだけはムラヴィンスキーのあの狂ったように速いテンポは取られていません。個人的にはムラヴィンスキーの凄絶な演奏の方に軍配を挙げることにやぶさかではありませんが、ただ一つ残念なのは60年録音のムラヴィンスキー盤では、当時の録音技術ではティンパニと大太鼓の区別がまだ収録できていないことです。

そもそもプレトニョフのクールで分析的な解釈自体が、濃厚なムラヴィンスキーの表現主義的演奏とは対極にあるといえるかもしれません。最新録音のプレトニョフ盤は録音も良く、ムラヴィンスキーとは対極の行き方をした演奏としてその存在価値はありそうです。

なお、併録の幻想序曲「ロメオとジュリエット」は個人的には、あまり興味の惹かれない曲なのですが、プレトニョフで聴くとチャイコフスキーのバレエ音楽がそのまま単独のオーケストラ用の序曲になったかのような面白さがあります。これはプレトニョフならではの面目躍如の演奏といってよいでしょう。


交響曲第4番、『ロメオとジュリエット』 プレトニョフ&ロシア・ナショナル管弦楽団(2010)
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